第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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朝の通勤時間帯。 道行く人はみな足早で、ぶつからないよう気を付けながら、若者との距離を削っていく。 視線の先の横顔は上を向き、朝の光が黒髪に反射して、丸みのある艶を作り出していた。 本当にキレイな人だな……それに、あの若さには似つかわしくない落ち着きがある。 ウチの会社で若いと言ったら(らん)さんで、年の割には落ち着いてるけど……って、少し違うか。 (らん)さんの場合、極度のシャイボーイだからそう見えるけど(あ、キーマンさんが移っちゃった)、一旦打ち解ければ年相応にキャッキャとするのだ。 そう、最初に見た顔と全然違う。 怯えたような、泣きそうな、顔を真っ赤にして俯いていたのがウソみたいに笑ってくれるの。 若さが弾けるってきっとこんな感じなんだろうと、30才の僕は年寄りみたいなコトを思うんだ。 …… ………… ……………… さり気なく、本当にさり気なく横に立った。 数歩も歩けば会社の門がある。 その手前で会社を眺める若者に、僕は静かに声を掛けた。 「おはようございます、」 声はそんなに大きくない、ただ、小さすぎても聞こえないと、ある程度の音量はキープする。 挨拶をしたのを口実に、僕は顔を横に向けた。 ジロジロ見るのは良くないけど、数秒目を合わせ、そして空を見る、これを何度か繰り返す。 こんな感じなら、イヤな印象を与えずに済むのではないだろうか。 僕が一言挨拶すると、隣の若者もそれに答えてくれた。 若者もまた僕を見て、柔らかそうに微笑んで…… 「おはようございます、……ここの(つた)はとても綺麗ですね」 静かな声だった。 耳にすぅっと入ってくる。 僕は言われて建物を見上げた。 確かに……改めて見ると綺麗だな。 みずみずしくて、フカフカとして、豊かな葉は一枚一枚艶やかに光っている。 街中の割には土が良いのかな。 それとも、社長の霊力(ちから)(つた)を元気にしているのかな。 「そうですねぇ、昨日の晩は雨が降りましたから余計かもしれないです。葉にたくさんの雫がついてるから、朝日にキラキラしてますもん」 クラッシュアイスを盛大にばらまいたような煌めきは、湿度の高いこの時期は目にも涼しい。 「ああ、そうでした、昨夜は雨でしたね。……綺麗だった。自然の雨なんて久しぶりで……懐かしくて泣きそうになりました」 …………ん? ”自然の雨が久しぶり” って……ん? ん? この若者……住まいはこの辺ではないのかな。 雨が極端に少ない所に住んでるとか? やや、でもさ、雨降っただけで”懐かしくて泣きそう” ってどんだけよ。 その勢いで雨が降らないトコと言ったら……サハラ砂漠くらいしか浮かばない。
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