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それは霧の向こうから聞こえたんだ。
今は沈黙してるけど、息遣いが漏れてくる。
不規則で、時折、粘った音をさせている。
嫌な感じだな……霧は濃く、声の主の姿を隠すが、気配は強くなる一方だ。
なんとも言えない不気味さに鳥肌が立つ。
足元の大福は、全身の毛を逆立てて唸り声をあげていた。
「先代……今の声……」
声が掠れた。
頭の中に警鐘が鳴り響き、急に空気が重くなる。
なんだよ、これ……不安でどうにかなりそうだ。
そんな中、目の前の先代は濃霧に背を向けたまま、僕を視てふわりと笑った。
その顔は僕よりずっと若いけど、それでも、この人がこうやって笑うなら大丈夫だ、と思わせてくれた。
だのに、ザラつく声はまたも暴言を吐く。
____本気で言ってるのか?
”みんなが助けてくれた”
”愛情を感じた”
”嫌いになんかならない”
”よく頑張った”
よくそんな事を恥もなく言い合えるな、
本当は、そんな事思っていないのだろう?
心にもない戯言で互いの腹を探り合っているんだろう?
上っ面の慣れ合いなんだろう?
気持ちの悪い事をする、
それで?
そうする事で何か利益を得られるのか?
……
…………
………………なんとか言えよ、
それとも、図星で何も言えないのか?____
この人……姿は視えないけど……何を言ってるんだ?
戯言で腹の探り合い? そんな訳ないじゃないか。
僕がみんなから助けてもらったのも、瀬山さんから愛情を感じたのも、その瀬山さんが大好きなのも本当だし、先代が僕を褒めたのも本心だ。
そう、自惚れじゃない。
先代はどんなに小さくたって、必ず良い所を見つけてくれる。
僕はそれを知っている。
霧の向こうの人は随分勝手な事を言うんだな。
”なんとか言えよ” か……わかりました。
そう望むのなら答えますよ。
「…………あの、あなたがどなたか知りませんが、僕と先代が話してるのを聞いてのご意見ですよね? くだらないと、上っ面の慣れ合いだと思いましたか? ん……まあ思うのは自由だ。でもね、そうじゃない。上っ面でおべっかを使う為に、わざわざ苦労をしてまでココには来ない。僕は先代達に会いたくて、教えを乞いたくてココに来たんだ。やっと会えた嬉しさを、その気持ちを、ただ言葉で伝えただけだ、」
重たい空気、頭の中の警鐘は鳴り止まない。
それでも僕が言い返したのは、あんな言い方、先代と瀬山さんを侮辱してると腹が立ったからだ。
気の小さい僕にしたらスゴイ勇気を出した……や、今更ながら足が震える。
怖そうなヒトに(姿は視えないけど)真っ向から言い返すなんて、普段の僕ならあり得ない。
数瞬の沈黙の後だった。
____くだらねぇ……それで言い負かしたつもりか?
地が揺れそうな低い声が、怒気を込めてこう言った。
重たい空気が禍々しいものに変わってく。
そしてさらに、
____おまえ……生者か?
____たかだか生者が何を言う……
____気に入らない……気に入らない……気に入らないぃぃぃぃッ!!
突如声は叫びに変わる。
その刹那、濃霧の壁の向こうから、真っ黒で鋭利な何かが勢いよく放たれた。
「……!」
避けるとかそんな余裕がまるでない。
だってあまりに一瞬で、鋭利なナニカは、僕のすぐ目の前まで迫っていた。
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