第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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それは霧の向こうから聞こえたんだ。 今は沈黙してるけど、息遣いが漏れてくる。 不規則で、時折、粘った音をさせている。 嫌な感じだな……霧は濃く、声の主の姿を隠すが、気配は強くなる一方だ。 なんとも言えない不気味さに鳥肌が立つ。 足元の大福は、全身の毛を逆立てて唸り声をあげていた。 「先代……今の声……」 声が掠れた。 頭の中に警鐘が鳴り響き、急に空気が重くなる。 なんだよ、これ……不安でどうにかなりそうだ。 そんな中、目の前の先代は濃霧に背を向けたまま、僕を視てふわりと笑った。 その顔は僕よりずっと若いけど、それでも、この人がこうやって笑うなら大丈夫だ、と思わせてくれた。 だのに、ザラつく声はまたも暴言を吐く。 ____本気で言ってるのか? ”みんなが助けてくれた” ”愛情を感じた” ”嫌いになんかならない” ”よく頑張った” よくそんな事を恥もなく言い合えるな、 本当は、そんな事思っていないのだろう? 心にもない戯言で互いの腹を探り合っているんだろう? 上っ面の慣れ合いなんだろう? 気持ちの悪い事をする、 それで?  そうする事で何か利益を得られるのか? …… ………… ………………なんとか言えよ、 それとも、図星で何も言えないのか?____ この人……姿は視えないけど……何を言ってるんだ? 戯言で腹の探り合い? そんな訳ないじゃないか。 僕がみんなから助けてもらったのも、瀬山さんから愛情を感じたのも、その瀬山さんが大好きなのも本当だし、先代が僕を褒めたのも本心だ。 そう、自惚れじゃない。 先代はどんなに小さくたって、必ず良い所を見つけてくれる。 僕はそれを知っている。 霧の向こうの人は随分勝手な事を言うんだな。 ”なんとか言えよ” か……わかりました。 そう望むのなら答えますよ。 「…………あの、あなたがどなたか知りませんが、僕と先代が話してるのを聞いてのご意見ですよね? くだらないと、上っ面の慣れ合いだと思いましたか? ん……まあ思うのは自由だ。でもね、そうじゃない。上っ面でおべっかを使う為に、わざわざ苦労をしてまでココには来ない。僕は先代達に会いたくて、教えを乞いたくてココに来たんだ。やっと会えた嬉しさを、その気持ちを、ただ言葉で伝えただけだ、」 重たい空気、頭の中の警鐘は鳴り止まない。 それでも僕が言い返したのは、あんな言い方、先代と瀬山さんを侮辱してると腹が立ったからだ。 気の小さい僕にしたらスゴイ勇気を出した……や、今更ながら足が震える。 怖そうなヒトに(姿は視えないけど)真っ向から言い返すなんて、普段の僕ならあり得ない。 数瞬の沈黙の後だった。 ____くだらねぇ……それで言い負かしたつもりか?      地が揺れそうな低い声が、怒気を込めてこう言った。 重たい空気が禍々しいものに変わってく。 そしてさらに、 ____おまえ……生者か? ____たかだか生者が何を言う…… ____気に入らない……気に入らない……気に入らないぃぃぃぃッ!! 突如声は叫びに変わる。 その刹那、濃霧の壁の向こうから、真っ黒で鋭利な何かが勢いよく放たれた。 「……!」 避けるとかそんな余裕がまるでない。 だってあまりに一瞬で、鋭利なナニカ(・・・)は、僕のすぐ目の前まで迫っていた。
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