第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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心臓が潰れそうだった。 恐怖は限界をとうに超え、硬直し指一本動かせない。 鋭利な先は右の目を貫く寸前。 もう駄目だ、そう思った視界の端に若き姿の先代が映る。 彼もまた微動だにせず僕をジッと視つめていた。 その顔は能面で心の内が視てとれない。 僕はもう息が出来なかった。 ザァァァァァァ 予告もなしに聞こえてきたのは雨に似た音だった。 狭いワンルーム。 閉め切った部屋の中、外の雨音が遠くに聞こえるような。 そんな音を聞いた次の瞬間。 目を貫くと思われた黒いモノは、霧となって飛散した。 き……消えた……? 潰れかけた心臓、止めてた息もそのままに、僕は目の前を、辺りを、何度も何度も見渡した。 が、鋭利なモノはどこにもない。 見間違いじゃなかったんだ、本当に消えたんだ。 それを確かめてから、僕はようやく息を吐き、そして大きく吸い込んだ。 スゥゥゥ……ハァァァ…… 時間差で力が抜ける、汗がドッと噴き出した。 口の中はカラカラで、膝がガクガク震えてる。 本気で……死を覚悟した。 もう助からないと思った。 だけど僕は生きている……よ、よ、よ、良かったぁぁぁぁぁぁぁ!! 僕の前には先代が、足元には大福が、そして振り返れば瀬山さん。 みんなして、何事もなかったような顔してる。 え、ちょ、今の黒いの視たでしょ?  なんでそんなに落ち着いてるのよ! 今のはたまたま途中で消えたけど、僕、ガチで怖かったんだからねっ! 声には出さず(今喋ったらビブラートすごそう)、半べそで先代を視つめていると、イタズラ顔でこう言った。 『驚いたかい?』 「驚いたかって……? そりゃあもう! めっちゃ怖かったですよぉぉぉ! てか、たまたま途中で消えてくれたけど、危なかった、あやうく死者になるトコだった!」
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