第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

96/267
前へ
/2550ページ
次へ
なぜ修行をしなくてはならないんだ。 給料も出ないのに、出なければ家族を養う事も出来ないのに。 生者を襲えというのもそうだ。 なぜ罪のない知らない人を襲わなくてはならないのだ。 イヤだ、そんな事は絶対したくない____ ____そう言ったのに、心は拒絶してたのに。 結局彼は毎日吐くほど修行を重ね、恨みもなにもない生者を襲った。 逆らえなかった。 負けん気なんてへし折れた。 どうして拒否など出来よう。 命令がきけないのなら、母親と妹を殺すと言われたというのに。 これは脅しじゃない。 (おさ)がその気になれば、彼がそうされたように、家族はあっけなく殺される。 殺されて黄泉の国に逝けるならまだいい、だがきっと逝かせない。 家族を、優しい母と可愛い妹を、彼の目の前で痛ぶって、終わらない苦しみを与えるに決まってる。 そんな事、絶対にさせる訳にはいかない。 僕は霊矢を、少年は苦内(くない)を、激しくやり合いながら話していたのだが……ここまで話した彼の動きが止まった。 『……最初は……家族を人質にとられたから……脅されて……それで仕方なく生者を襲った。でも……でも俺……何年も悪事を重ねるうちに感覚がおかしくなっていったんだ……あんなに嫌だったのに……罪のない生者を襲いたくないって思ってたのに……いつしか……そうじゃなくなった……幸せそうな生者を視ると腹が立った……憎むようになっていた……俺は……俺はさ……こんなに辛いのに……コイツらは生者は能天気に笑ってる、家族がいて、恋人がいて、子供がいて、うまいモノ食って……楽しい事や未来があるんだ……それに比べて俺は……そう思ったら……心は……嫉妬と憎しみでいっぱいになってしまった……それで……生者を襲う事に抵抗がなくなってしまったんだ……俺……俺……』 振り上げた苦内(くない)を宙に止めたまま、 力なく項を垂れた少年は、 『どうしてこうなっちゃったんだろう、』 そう言って、 顔をグシャグシャにして、 大声で泣いた。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2366人が本棚に入れています
本棚に追加