第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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手にある霊矢をその場に捨てて、僕は大声で泣く少年の背中をさすっていた。 なんて声をかけたら良いのか分からない。 本当はさ、キミは悪くないと言ってあげたい。 だってそうだ、この子は(おさ)に殺された。 意思に反して駒にされた。 家族を人質にとられ、報酬もないまま修行を課され、いつ喰われるか分からない恐怖の中、これまでやってきたのだ。 辛かっただろうな、悔しかっただろうな。 だけど……どんな事情があるにせよ、この子に襲われた生者がいる。 ケガをした人、最悪命を落とした人もいるかもしれない。 その人達と、その人達の家族の気持ちを思えば、”(おさ)に脅されたなら仕方がないよ”とは……言えない。 襲われた生者もまた、この子と同じように辛くて悔しい思いをしたのだ。 背中をさする事しか出来ないもどかしさの中、少し落ち着いた少年が小さな声でこう言った。 『あったかいなぁ……生者の体温だ……』 俯いた顔は視えないけど、声は穏やかで……そして掠れていた。 『どうしてこんな事になっちゃったんだろう……俺は瀬山で立派な霊媒師になって、うんと稼いで、母ちゃんと妹を守りたかっただけなのに……人を困らせる悪霊を祓って感謝されて……そんな理想を持っていたのに……俺が悪霊になっちゃった、』 震える背中はまるで幼子だ。 少年のまま時を止めたこの彼は、生きていれば27才。 結婚して子供がいたっておかしくない。 そうだ……好きな人が出来て、家族が増えて、賑やかな毎日を送ってたかもしれないのに。 なのにさ、こんな所でさ、こんな風に泣かなくちゃならないなんてさ。 失った命は戻らない。 僕は少年の霊体(からだ)をギュウッと抱きしめた。 氷のように冷たくて、その冷たさがとてつもなく悲しくて、ダメだと思うのに涙が溢れてとまらなかった。 『いい加減にしないかぁぁぁぁっ!!!』 突然降ってきたしわがれた怒鳴り声。 腕の中の少年はガタガタと霊体(からだ)を震わせ、身を縮めている。 グルリと立つ男達は圧の声にハッとしたその直後、顔から一切の表情を消した。 『私を失望させるなっ!! 何をグズグズしている!! 早く希少の子を捕らえよ!! 怠けるようなら此処で全員喰らっても良いのだ!! 私に忠誠を誓えぬ者などいいらぬっ!! 喰われたくなければ今すぐ拘束しろっ!!』 …………っ! 勝手な事を……自分が一番偉くて、自分が一番大事なんだな、 あんなのが上司じゃあ部下もおかしくなる……って……え? なに? ……ちょっと待って、 手練れの男達が一斉にこちらを向いた。 表情はなく能面で、みんながみんな同じ動きをしている。 足元に武器を落とし、代わり、自由になった両手を絡め、複雑に印を組み始めたのだ。 何をする気だ……? それは何の印だ……? 今度は僕に緊張が走る。 不穏な空気に大福が飛んできた。 傍に立って牙を剥き、唸り声を上げている。 ありがとう大福、僕も備えるよ。 いつでも霊矢が撃てるように、立って体勢を整えて……と思ったのに。 動く事が出来なかった。 少年が腕の中で泣いている。 視上げて、縋って、 ゾッとするほどの強い力で、 僕に絡みしがみ付き____ 身動きが取れない。
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