第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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◆ 数多の槍がうずたかく、その頂点から僅かな光が差し込むも、あまりに高さがあるせいか地上まで降りてこない。 ゆえに中は真っ暗で、視覚を奪われ不安が高まる。 そんな中、僕に絡む腕が緩んだ。 さっきまで、あんなに必死にしがみ付いていたのに、僕の動きを封じていたのに、そんな事はどうでも良くなったと言わんばかりに、少年はアッサリと霊体(からだ)を離した。 どうしたんだろう……? や、けっこう苦しかったし離れてくれてありがたいけど、なぜ急に? 「あの……」 なんて聞こう、なにから聞こう。 離して良かったの? 僕は逃げるかもしれないよ? 今すぐキミを滅するかもしれないよ? このあたりかな……なんて考えていたら、暗くてよくわからなけど、土を踏む少年の足音が僕から遠ざかる……さっきまでの執着はなんだったんだ。 「あの、」 二度目の”あの”の続き、これを遮る低い声がした。 暗くて顔は視えないけれど少年の声じゃない。 もっと年を重ねた声だ。 『やってしまったな……これでもう後戻りは出来ない、』 ん……? どういう意味なの? ”やってしまった”と言うのは槍の事? ぼやきの声が深刻で、訳がわからず頭の中に疑問符を飛ばしていると、今度は背後から声がした。 『ああ……ああ……やってしまった……きっと今頃……(おさ)は相当お怒りのはずだ』 少し声が震えてる。 ”(おさ)はお怒り”?  なんで? そうかな? (おさ)(めい)通り、僕を拘束したのに? 確かにさ、縄で縛られたんじゃないけど、あなた達を突破して、ココ(・・)から逃げるのは至難の業だ。 滅するにも、あんな霊力(ちから)を視せられた後じゃ……正直慎重にならざるを得ない。 身体は自由に動くけど、槍の檻に閉じ込められたんだ(もちろん反撃のチャンスを探るけどさ)。 とりあえずミッションクリアでいいんじゃないの……? そう僕は思うのに、男達にお祭りムードはない。 『怒らせておけばいい。どうせ何をしたって怒るんだ。心配するだけ無駄というもの、』 『そうだ……そうだ、そうだ、そうだ……もうウンザリだ……(おさ)(めい)を聞くのも、(おさ)の顔色を伺うのも、』 『私もだよ……ほとほと疲れた……(おさ)(めい)に背けば喰われ、背かずとも喰われ、(おさ)霊体(からだ)を造る為に喰われ、仲間が減れば我らにヒトをさらうよう命ずる……こんな事を続けていくのはもう嫌だ』 槍の空間。 明かりのない暗闇の中、”瀬山の手練れ”達は疲労を色濃く見せていた。 一人が言い出した(おさ)の不満に、俺も私もと後を絶たない。 僕はなんだか意外だった。 最初の印象と全然違う。 最初はさ、瀬山さんを”心中”と言って嘲笑い、先代にも敵意剥き出しだった。 少なくとも表面上、(おさ)の命令を聞いていてたし、多少なりとも忠誠心があるのかと思ってた。 それがなによ、(おさ)ってめちゃくちゃ嫌われてる。 (おさ)が傍にいない今、言いたい放題愚痴ってる。 ああ……なんだろ、この既視感。 これってまんまサラリーマン時代の僕だ。 あの頃上司は最低で、だけど怖くて前で面と向かって文句は言えず。 同僚達もやっぱり同じで言えなくて、僕達は上司がいない居酒屋で、焼酎片手に愚痴を吐きつつクダを巻いていたんだ(僕は飲めないからウーロン茶で)。 ____天に昇りし我らが霊力(ちから)、槍の豪雨とならんことを、 そう言霊を唱え、天から槍を降らせた手練れ達なのに。 これが瀬山の霊媒師なのか、と驚愕したのに。 こんな所を視てしまうと、妙に人間臭いな、僕に近いのかな、なんて……思ってしまう。
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