第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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『派手な事故を起こすべく手を尽くした、大惨事にする必要があったからだ。 理由はいくつかある。一つは自分の身を守るためだ。(おさ)(めい)に背けば喰われてしまう。喰われれば魂は救われない。完全な無となり、自我もなにも消えてしまう。それが怖かった、どうしようもなく恐怖した。それで……我が身かわいさに我々は屈したんだ。(おさ)の機嫌を損ねぬようおべっかを使い、恨みもない彰司さんを悪く言い、持丸を侮蔑した。……今あの二人を知る者は少ないが、知る者は皆助けられたというのに、心を殺し、受けた恩を踏みにじり、憎むふりを続けた、』 ズズッと鼻をすする音がして、老年は数秒沈黙した。 僕はそこから目を逸らし猫又の背中を掴む。 きっと視られたくないはずだもの。 『二つ目は己の為だ。我々は恐怖に飼い慣らされた。悪事を重ねるたびに心は腐りヒトでなくなる。幸せな生者を妬み、黄泉へ逝ける死者を憎み、悪事への抵抗が薄くなり、感情が昂れば気持ちは簡単に加虐に傾く。生者を襲い、我々と同じように恐怖を感じる表情に安堵と優越感を覚えた。辛い日々が長くなる程、己を肯定する為に生者を壊してしまいたい衝動に襲われた。そうだ、簡単に言えば生者を殺してしまいたかった。命を奪ってこちら側(・・・・)に引きずり込みたかったのだ。だが……心の奥底、僅かに残る霊媒師としての誇りがそれを止めた、』 それって……この人達は人を殺してはいないという事か。 ギリギリで踏みとどまってくれたんだ。 「それなら……! それなら罪は軽くなるんじゃないですか、もしかしたら解放しなくてもなんとか、」 言いかけた僕だったが、老年がそれを遮った。 『なんともならない。誇りか……片腹痛い。我々は命こそ奪わなかったが大怪我はさせた。”なぜ命を奪わない” と問う(おさ)に、命を奪えば楽になる、怪我に泣き、生きたまま地獄を味合わせればいいと……苦し紛れの言い訳をした。その場だけごまかせればいいと思った。だが後から気付いた。言葉通りだったのだよ。顔に傷を負った女、身体が動かせなくなった男、視力を失った子供。我々は生者を死ぬより辛い目に遭わせていたのだ。 生者を襲う事で己を保ち、ちっぽけな誇りを守る為に”命までは奪っていない”と己に言い訳をする…………許されるはずがない』 言葉が出なかった。 反論のしようがない。 この(ひと)達の罪は、重い。
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