2366人が本棚に入れています
本棚に追加
『ああもう、中村さん話長いよ! 岡村も飽きただろう? 中村さんはさ、生きてた頃は新人の教育担当、教官だったんだ。だから岡村みたいな新人視ると黙ってられないんだろうよ』
肩をすくめ、へへっと笑った男。
老年は恥ずかしそうに『つい、昔を思い出したのだ』と頭を掻いた。
てか……名前、中村さんっていうんだ。
そうか、そうなんだな。
「あの……! 僕飽きてません、すごく勉強になります。……な、中村さん、ありがとうございます」
お礼がてら……思い切って名前で呼んでみた。
呼ばれた中村さんは、一瞬ポカンとし、そして顔を歪めた。
『中村……中村か……此処にいる仲間以外に名前を呼んでもらうなんて……何十年ぶりだろう……嬉しいものだな。”化け物”でも”悪霊”でもなく名前で呼んでもらえるのは』
槍の空間がシンと静まった。
中村さんの鼻をすする音がやけに響く。
「もしよろしければ……みなさんの名前も教えていただけないですか? その方が解放する時、より心を込められると思うんです」
そうだよ、みんなは僕の名前を知っている。
なのに僕は知らないなんて淋しいよ。
これからみんなを滅さなくてはならないんだ。
いなくなってもちゃんと覚えていたい。
『…………俺は杉本だ、杉本翔』
最初に名乗ってくれたのは、あの少年だった。
「杉本翔君、教えてくれてありがとう。翔君って呼んでもいいかな。……あ、そうだ、ついでに教えて。さっき中村さん達が槍を降らしていた時、翔君は僕にしがみ付いて離れなかったでしょ? あれはなんで? 槍が止まった途端アッサリ離れたし、不思議に思ってたんだ」
そうだよ、翔君は大福に噛まれても離さなかった。
虎の子の牙にも耐えて、おかげで身動きが取れなかったんだ。
『ああ、あれはさ、危なかったからだよ。だって岡村は希少の子で霊に触れる。槍に驚いてさ、下手に動いたらさ、刺さって死ぬじゃん。だから槍が降り終わるまで押さえてなくちゃって思ったんだ。それだけだよ』
恩に着せるでもなく、当たり前だろうとでも言いたげな翔君。
驚いた……僕を助けるためだったのか。
「そうだったんだ……ありがとうね。何も言わないから分からなかった。気が付かないでごめん」
『いやいいよ。理由を言えば良かったんだけど、長に視られてたから。おかしいよな……俺、散々生者を襲ってきたのにさ。でも岡村は特別だ。お前は俺の話を聞いて泣いてくれた。救われたよ、』
……
…………
………………救われたか。
僕は翔君の話を聞いて悲しくなって、堪え切れず涙が出た……ただそれだけだ。
僕はなにもしていない。
なのにそう言ってもらえるとさ、これから翔君を滅さなくてはならない僕は、その言葉に救われるんだ。
_______
★★次のページはお知らせです。
いただいたイラストをご紹介させていただきます(*´ω`*)
最初のコメントを投稿しよう!