2366人が本棚に入れています
本棚に追加
ダンッと地を踏み長を視た。
さっきまで、邪悪な顔で笑っていたのに今は怒りの表情だ。
眉間の皺は食い込んで、血走った眼はギラギラしながら僕を睨む。
『…………あやつらは私を裏切ったのか、』
呻くような低い声は、自分を裏切った駒達への憤りをあらわにさせる。
「…………裏切った、ですか。よく言います。”裏切り”とは、これまでに信頼関係を結んだ者同士の間で起こる事だ。長と中村さん達の間に信頼関係があったとは思えませんが、』
言いたい事は言わせてもらう。
僕は気が弱いけど、それでも間違った事は大嫌いだ。
『……ナカムラ? あやつらの中にナカムラという名の者がいたのか。……知らんな、興味もない。駒にどんな名がついていようが、私にはどうでも良い事だ。それと……岡村は”信頼関係”と言ったな。笑わせるな。信頼関係とは対等な者同士が結ぶもの。私とあやつらでは格が違う。下等な者共が私の役に立つのだ。喜んでその身を捧げるが当然。時に駒となり、時に私の霊体となり、そう、その為に集めた……が、足りなくなれば補うだけの事。
いいか、岡村。勘違いするな。あやつらを生かすも殺すも、決めるのは私だ。従って然り、背くは大罪だ』
……
…………呆れた、
なんなんだ、この人は。
自分勝手極まりない、極度の利己主義者だ。
こんな人が本当に瀬山さんの父親なのか?
まるで違うよ、瀬山さんがこんなじゃなくて本当に良かった。
話にならない、これ以上話しても気分が悪くなるだけだ。
だってそうだろ。
長はさ、中村さんの名前すら覚えていない。
こういう人、本当に大嫌いだ。
そう思ったら、普段の僕なら絶対に言わないような事が口から漏れた。
「…………何様だよ、」
聞いた長は、途端顔色が変わる。
『…………何だと、今何と言った』
怒気を含んだ声、目が吊り上がる。
瀬山ではお殿様だった長だもの、僕の発言に腹を立ててるのだろう、知った事か。
「何様だって言ったんだ。あなた、人の上に立つ器じゃない。それでよく瀬山の長をしてましたね。上に立つ人っていうのは強いだけじゃ駄目なんだ。下の者を大事に出来ない人は上には立てない。部下の名前も覚えてない、自分の為に働いてくれる者を駒扱い。そんな奴に誰も本気で付いていこうと思わない。…………僕の身体は絶対に渡さないから。渡した所で、生者のふりして瀬山に戻った所で、どうせ誰も付いてこない。渡しても無駄にな、」
『黙れぇ!!』
言いたい放題垂れ流す僕に、鼓膜が破けそうな大声を上げた長は、こめかみにミミズのような血管を浮かべ、眼球は零れそうなほど目を見開いている……。
ゾッとする粘った視線。
同時、悍ましい長の瘴気が辺りに漂い始めた。
____ドクンッ!
再び心臓が躍る。
____ドクンッ!____ドクンッ!____ドクンッ!
____ドクンッ!____ドクンッ!____ドクンッ!
僕のと、それからもう一人。
二人の心音が重なった。
そのタイミングに合わせ、口の中で小さく言霊を唱える……と。
ブンッ、
電子機器の起動音に似た音がして、
瞬時、そこに現れたのは苦内を持った少年。
彼は静かにこう言った。
『俺にやらせろ』
と。
最初のコメントを投稿しよう!