第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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ポニテのいぶし銀、中村さんはすぐには答えなかった。 前を視る横顔は硬く、口角が下がっていた。 そして大福も。 三尾は虎の子サイズのままの姿で、僕の横にピッタリとついている。 微かに毛を逆立てて、時折低い唸りを上げて、やはり前を向いていた。 中村さんが答えてくれたのは、大きな音と共に大蛇が地に沈んだ時だった。 僕の歓喜の声を聞き、それを止めるようにこう言った。 『喜ぶのはまだ早い。これからだ』 「え……? だって倒れたのに?」 『あの程度でくたばってくれるならな。喰われるのを差し引いても、もっと早くに仕掛けていたさ』 「…………」 『だが全班、よく頑張ってくれてる。(おさ)霊力(ちから)は相当削ったはずだ。しかも背中の小蛇は少しだけ。勝機はある』 中村さんは前を視たまま、目にグッと力を入れた。 心なし……微かな緊張を感じる。 その緊張感が伝染し、僕の声は小さくなる。 「これで終わりじゃないなら……(おさ)はどんな攻撃をしてくるのかな、……や、だって印が結べないもの。少なくとも印を必要とする術は使えないでしょう? あとは……言霊……?」 『言霊も、だ。それからな、数は減ったが小蛇はまだいる。いいか、岡村。小蛇には触れるな、絶対に噛まれるな』 「……はい! 毒があるもの……気を付けます」 『ああ、頼むな。小蛇は毒が恐ろしい。だがそれだけじゃない。もうひとつ、厄介な事があるんだ。それは、』 それは____ 言いかけた中村さんが大きく舌打ちをした。 目線は前だが位置が高い。 僕も視線の先を追う、 …… ………… ……………… グシャリと潰れたはずだった。 長い霊体(からだ)は傷だらけで修復もままならず、満身創痍の瀕死状態。 勝利が見えた、みんなが勝つんだと……思っていたのに。 曇天の灰の下。 ユラリと蛇が立ち上がり、高い位置から僕らを視下ろす。 傷の霊体(からだ)のまわりには、黒い何かが(・・・・・)数多に漂う。 あの黒いのはなんだろう……? 視力はいまだに2.0、目を凝らして凝視する……と。 黒いのは……記号……いや、文字か? 身近な言語じゃない。 見た事のない形だ、強いて言えば梵字に近い。 正体はわからない、だけど感じる強い既視感、 ____小さくて可愛らしい、 ____声が出せない女の子、 ____代わり、天から文字を降らす、 弥生さんの鉄の守護、ヤヨちゃんだ。 ヤヨちゃんが話す時、声の代わりに文字を降らせる。 紫色に優しく光り、ふわりふわりと羽のように。 大蛇のそれはヤヨちゃんのとは随分と違う。 黒く乱れ飛び、不吉なモノを感じた。 「中村さん……あの文字みたいなの、何ですか……?」 目線を戻し、隣の横顔に疑問を投げる。 が、中村さんは僕には答えず大声を上げた。 『大橋! 近藤! 陣を天に!』 指示のすぐあと、男二人は天に向かって両手を上げて、果てまで広がる巨大な陣を展開させた。
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