第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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多量の梵字が一気に落ちると、みんなの霊体(からだ)が次々地面に潰された。 時間にすれは数秒で、『あー』も『うー』もない。 落ちた梵字は山となって積み上がり、誰の姿も、誰の声も、すべてを隠し埋めてしまった。 え……待ってよ……みんな……無事だよね? こんなことで消えないよね……? ねぇ、なんか言ってよ、合図をしてよ、こんなのあまりに呆気ないよ。 汗が滲む、耳を澄し、目を凝らして山を視るけど、ただそこにあるだけで動かない。 いくら待ってもシンとしたまま、僕の心臓が速くなる。 目の先では、(おさ)が再び印を結びだした。 指の代わりに長短混ざった10匹を、複雑に、だが確実に絡め合うと、梵字の山に火花がちらほら散り出した。 最初は少し。 だけどすぐに数は増え、登るように下から上へと、瞬き数度で山全体に広がった。 嫌な予感だ、良い事なんて絶対ない。 (おさ)が何をしようとしてるのか、薄く頭に浮かんだ途端、僕は走り出していた。 「待って! ちょっと待って、」 こんな事を頼んだ所でやめてはくれない、そんなのはわかってる。 だけど言わずにいられない。 だってみんなの顔が浮かぶんだ。 最初は能面だったのに、たくさん話をしてみれば驚く程に豊かな表情(かお)を視せてくれた。 さっきだってそうだ。 (かける)君が笑い転げて、つられてみんなも笑顔になって、ほんの一時、悪霊だった事も(おさ)の事も忘れて、それで____ ____僕の声に(おさ)は首だけで振り向いた。 「だからっ! 待ってくれって言ってるだろ! ねぇ待って、お願い!」 走って走って、叫んで走って、やめてくれ、間に合ってくれ、頭の中はそれだけでいっぱいで、なのに(おさ)は応えない。 応えぬかわりに淡々と、蛇の手を向かいに合わせ、そこに何かを唱えると小さな蝶が現れた。 (おさ)のまわりを飛ぶ蝶は、色は赤く二枚の羽は燃えている。 燃えてるのに飛べるのか? そう疑問が浮かんだけれど、良く視れば違う。 あれは燃えてるんじゃない、羽自体が炎で出来ているんだ。 (おさ)は恍惚とした声で言った。 『あやつらを、私と同じ目に遭わせてやらねばな。____行け、』 ”行け”と言われた炎の蝶は、(おさ)から離れて優雅に飛んで、やがて山に辿り着く。 火花散る山肌で羽を休めた途端。 ゴォッ!! 山は一気に燃え出した。
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