第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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ゴウゴウと立ち上がる火の壁。 グルリと360度、囲んで燃えて、逃げ道がなくなった。 正面には(おさ)がいて、その距離目測4……いや、3メートル半。 火壁を視上げれば、高さはウチの会社の屋上くらい、すなわち3階建てのビル相当だ。 とてもじゃないけど飛び越えられない。 筒の形の炎のてっぺん、そこはポッカリ穴が開き曇天が視てとれた。 足音もさせず、スウと大福が前に出た。 毛を逆立てて、唸りを上げて、三尾は膨らみ激しく左右に揺れている。 僕を守ろうとしてくれてるんだ……ありがとう、心強いよ。 正直……ものすごく怖い。 火に囲まれた圧だろうか? さっきまでは感じなかった恐怖心だ。 蛇の霊体(からだ)は目にきつく、退路を失くした至近距離に(おさ)がいる。 僕を襲う気で、魂を喰らう気でこちらを視てる。 無数の赤眼に睨まれて、膝も、手も、ガタガタと震えだす。 喰われたら、無になる。 僕という人格も、存在も、何もかもが消えてなくなるんだ。 それだけなら……嫌だけど、まだいい。 僕の身体を手に入れた(おさ)が、好き勝手に誰かを傷付けるのかと思うと、また誰かの人生を壊すのかと思うと、怖くて怖くてたまらない。 第二、第三の”みんな”を作りたくないよ。 先代も、瀬山さんも、大福だって傷付けるかもしれない。 そんなの……そんなの絶対に嫌だ! 特に大福は、今此処にいるんだ。 乗っ取られた途端、襲われるかもしれない。 そうなる前に逃げてほしい、僕の事は放って、出来るだけ遠くへ。 大福____言いかけた僕より先に、(おさ)が声を発した。 『ふむ……三尾か、この目で視るのは初めてだ。猫又よ、獣は火が怖かろうて。無理をせず逃げたらどうだ。お前の主人はもうすぐ消える。守ろうなど無駄な事。それとも……これより先は私に仕えるか? 中身は変わるが入れ物(・・・)は同じであるぞ、』 含んだ笑い、言い方がいちいち腹立つ、と思ったのは僕だけではなかったようで…… 『おぁぁ?』 すぐ目の前、後ろ姿の猫又はご機嫌斜めに短く鳴いた。 そしてトラの子サイズの前足で、ザッザッザッと豪快に地面をかきだしたのだ。 ザッザッザッ。 何度も何度もしつこいくらいにザッザッザッ。 こんな窮地にザッザッザッ。 空気を読まずにザッザッザッ。 あてつけみたいにザッザッザッ。 これ、猫がトイレの後に砂をかける仕草じゃない。 激しい拒絶だ。 ”オマエに仕えるなんて、やニャこった!” と、強くキッパリ拒否ってる。 大福…………ドストレートだな。
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