第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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猫が飛び去り、(おさ)と僕の二人きり。 頭が無くても霊体中(からだじゅう)の蛇達が、代わりに視ている。 (おさ)は暫しの無言の後、僕にこう聞いたんだ。 『ふむ……猫又を逃がしたのか……解せぬ。あの猫は岡村の駒ではないのか? 何故助けろと命令しない。窮地に使わずして何時使うというのだ』 心底分からない、と言った口調だ。 正直、(おさ)からとっとと逃げ出したい。 けど、腕を掴まれ動けないし、今のセリフは聞き捨てならない。 「言っておくけどあの仔は駒なんかじゃない、僕の家族だ。”使う”だなんて思わないよ」 『家族? 猫又が? ……岡村は恐怖で頭がおかしくなったようだ。猫又が家族の訳なかろう。人でないのだ。猫又は妖怪で命すら持っていない。生者のお前と交わりようがないのに、どうして家族と言えようか』 はぁ……話が噛み合わない。 ”そんな事も分からないのか?”と言いたそうだが、そっくりそのまま返したい。 「おかしいのはアナタだ。好きな相手が生者だろうが死者だろうが、妖怪だろうが幽霊だろうが、そんなの関係ないんだよ。何度も言うけど僕は大福を駒だなんて思っていない。とっても大事な仔だ。命がなくても妖怪でも、そこも含めて愛しいと思うんだ。愛しい子を危険な目に遭わせたくない、無事に逃がしてやりたい、そう願うのは当たり前だろう?」 腕を掴まれながら僕は何の説明をしてるんだ。 こんなの言わなくたって普通はわかるだろうに。 『……どう思おうと岡村の自由。だが益にならぬ、』 「益って……だからー、利益になるならないで好きになる訳じゃないでしょう? たとえば大福に迷惑をかけられたとしても好きの気持ちは変わらない。難しい事じゃないよ、それが愛情でそれが家族というものじゃないか。……アナタだって、昔を思い出せばわかるはずだ。瀬山さん……いや、彰司さんと色々あったかもしれないけど、息子が生まれた時、嬉しかったでしょう?」 瀬山さんに兄弟はいないと聞いた。 さすがの(おさ)でも、たった一人の血を分けた息子の誕生には、心が動かされただろう、それを思い出せば少しは分かるはず……と期待したのだが。 『彰司が生まれた時、か。そうさな、嬉しかった。アレが役にも立たぬ凡庸ではなく、希少の子であった事がだ。あやつが稀な霊力(ちから)を持っていたからこそ、”(おさ)”としての地位が確固となった。私に大きな益をもたらしたのだ。……但し、最後は裏切られた。私より”瀬山の家”より、くだらない女を取ったのだ。あの時の恨み……決して忘れはせぬ』 「…………それ、本気で言ってるのか……? だとしたら、僕とアナタが分かり合う事は絶対にないだろうな。はは……そうだよ、愛情がわかる人ならこんな事になっていない、なんで分からないんだ……ああ、なんだろ。アナタと話しているとすごく疲れるよ」 深いため息が漏れた。 やっぱり、こういう(ひと)なんだ。 愛情を理解しないで、自分の益ばかりに捕らわれる。 巻き込まれたまわりの人が気の毒でならない。
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