第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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笑っていた中村さんが表情を変えた。 ほんのり嬉しそうに、深く淋しそうに、そんな気持ちが混ぜこぜで、複雑な顔になる。 そしてしゃがんで、積もった文字を手で掻き回し、他の人が読めないようにした。 みんなは僕の”片想いシリーズ”に夢中だから、”みんなを滅したくない”という文は読んでいない。 中村さんは少し黙り、息を吸い、小さな声で言ったんだ。 『岡村……我々を滅したくないと想ってくれるのか。ありがとう、その気持ちだけで充分に救われる。だが、他の奴等には知られない方が良い。その時が近づけば……決心が鈍るかもしれないからな、』 なんでもない事を話すように。 いぶし銀は歯を視せて笑う。 だが眉はハの字で困り顔だ。 「あの……ごめんなさい。僕ね、ちゃんとみんなを送ろうとは思ってるんです。だけど奥底で、どうにかならないのかなって、どうしても考えちゃって……ごめんなさい。中村さんは知ってしまった。決心、鈍りましたか……?」 ああ、やだな。 こんな事、聞きたくないよ。 叶うなら、滅したくない。 でも……でもね、これはどうにもならない事なんだ。 悪霊は、遅かれ早かれ【闇の道】に捕らわれる。 前に視た事があるけれど、あんなのに乗せるくらいなら、僕が滅した方がまだマシだ。 みんなは根っからの悪霊じゃない。 そうりゃあ悪い事をした加害者だけど、同時に被害者でもあるんだ。 散々(おさ)に苦しめられて、もうこれ以上、苦しませたくないんだよ。 中村さんは大きく首を振り、 『私は大丈夫だ。何を聞いても、何を視ても鈍ったりしない。自分の罪は自分が一番分かっているからな。………………ただ、(かける)だけは不憫でならない。奴はまだ子供で純粋だ。犯した罪に誰よりも苦しめられてきた。もし……もし、あの子だけでも救う事が出来るなら____ああ……いや……すまない。今のは忘れてくれ。世の中には出来る事と出来ない事がある。(かける)だけを逃しても、いずれ黄泉から裁きを受けるだろう。その時、我々も岡村もいない、たった一人で【闇の道】に捕らわれるくらいなら……此処で運命を共にした方が良いんだ、』 そう言って顔をクシャリと歪ませて、優しく笑った。
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