第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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◆ 薙刀が貫通する顔だけの(おさ)は、眉間に深い皺を寄せ目は閉じたまま、地面にしっかり固定されていた。 意識はなく、顔を歪ませ時折呻き声を上げる、これを何度も繰り返していた。 聞けば、僕が小蛇に噛まれてから、(おさ)もすぐに意識を失ったらしい。 僕が倒れ、みんなは(おさ)を滅するどころではなくなって、強いパニックに陥ったのだという。 僕の肌が紫色に変化しない事から、今回、毒ではなく幻影に捕らわれたのだとすぐに察し、中村さんは大橋さんと近藤さんに治癒の指示を出した……が、毒であれば大橋さんが吸い出す事が出来るけど、そうじゃない。 身体に直接的な害がない状態では、これといった有効策がなく、様子を事細かに視続けて、何かあれば回復させるくらいしか出来なかったそうだ。 今までの前例で言うのなら、小蛇の幻影は掛けられた(もの)だけに作用した。 意識を失うなり、錯乱するなり、幻覚を視たり……等々だ。 これまで、術者の(おさ)が意識を失うなんて1度もなかったというのに。 今回、それだけ霊力(ちから)の残量が乏しかったのだろう。 霊力ジリ貧の(おさ)がどう出るか、それは考えるまでもなかった。 僕の魂と身体を欲してやまない(おさ)の事。 誰にも邪魔をされない自身のフィールドに引っ張り込むはずだ。 そこで僕の魂を喰らえば一発逆転出来る。 (おさ)は最後の霊力(ちから)を振り絞り、なりふり構わず喰らいに行った、みんなはそう確信したそうだ。 となれば意識のない(おさ)に説明がつく。 山と異空間、この2拠地で意識を維持するなどは不可能で、ならばいっそとフィールド1拠地に全振りしたのだ。 みんなの前で意識を失った(おさ)。 滅するのにこれ以上のチャンスがあるだろうか。 にも関わらず、一切の手が出せなかったのは、僕を守る為だった。 術者の(おさ)を滅すれば、フィールドも、中にいる僕も、すべてが一緒に消えてしまう。 山にある肉体(いれもの)は残るかもしれないが、魂を含む霊体(なかみ)が消えたのでは意味がない。 それを聞いて、僕は申し訳ない気持ちになった。 目の前に滅したくてたまらない(おさ)がいるのに、無防備に意識を失っているというのに、僕のせいで手が出せないなんて、どんなに悔しい思いをしただろう……そう思い謝ると、みんなは揃って首を横に振った。 『岡村を……誰かの犠牲の上にある勝利ならいらない。全員で滅そうと約束したじゃないか』 とにかく、どうにかして僕を取り戻そうと必死になったそうだ。 だが手立てがない。 (おさ)のフィールドは(おさ)以外、いかなる手練れも干渉出来ない。 助けに行く事も出来ず、ブロックされて霊視も出来ず、中で何が起きているのか情報も得られず、焦りと苛立ちだけが増えていく。 時間が経つほど下がる僕の生存率、今頃喰われてるのではないかと絶望感が広がる中、あの2人が現れたのだという。 ____岡村君を迎えに行ってくる、 ____大丈夫、私達なら入れるから、 ____だから心配しないで、 ____此処で待っていて、 瀬山さんは優しく微笑み、みんなが視た事のない印を結び始めた。 細い手指が複雑に絡み出すと間もなくし、これまた視た事のない綺麗な花が次々地面に咲き出した。 花は一瞬で広がり、数多の色は時間でそれぞれ変化する。 その花を踏まないように、2人は真っすぐ歩き出し、いつしか背中は遠い先で消失した。
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