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いつの間にかだ。
翔君が僕に寄りかかってうたた寝を始めた。
言っちゃえば反対側、大福も。
ふたりともスヤスヤで、鼻がぷーぷー鳴っている。
やだ……なんだか和んじゃうんですけど。
大上さんはそんな僕達を視て、『おまえらなんかカワイイな』と笑ってる。
”おまえら”じゃない、カワイイのは翔君と大福。
僕はどう視たって保護者でしょ? と小声で聞くと、『ん-どうかな?』と首を傾げた。
それ以上は話さずに(寝る子を起こしちゃうからね)、暇になった僕は、目の前の長を眺めていた。
此処に……滅すべき悪霊がいる、でも今は休戦中だ。
長はさ、残り僅かななけなしの霊力、それを使って僕をフィールドに引っ張り込んだ。
結局失敗に終わった長だけど、今度こそ、霊力は塵ほどしかないのかもしれない。
だって顔がさ、すごくお爺さんだもの。
もし今も生きてたら、100才越えの老人だ。
顔を刻む深い皺はさらに深く、顔色も悪い。
髪は薄く白髪ばかりだ。
眉も睫毛も、みんなみんな真っ白で、黙っていればショボくれた、ごくごく平凡なお爺さんにしか視えない。
そんな長を眺めていたら、不意に思い出したんだ。
____人の痛みがわからないって怖い事ですよ、
前に、先代が僕の部屋に泊ってくれた時、そう言っていたのを。
長は損得で物事を考える。
愛情が理解出来ず、瀬山さんが初めて恋をした時も、それを悪だと言い切った。
人を好きになるって素晴らしい事なのに、権力よりももっと尊いものなのに。
現世で一緒になれないならと、心中するほど追い詰められた瀬山さん。
息子の気持ちを汲むどころか、裏切者と辛くあたった長。
人の痛みがわかる人なら、そんな事は出来ないはずだ。
もし……もしもだよ。
長にも瀬山さんにも霊力なんてなければ、長が平凡なサラリーマンだったら、そしたら違ったのかな。
権力なんてなくってさ、僕の父みたいに小さな会社の中間管理職でさ、たまに胃薬とか飲んじゃうけど、「母さんと英ときなこ(茶トラ猫)がいるから頑張れるの」なぁんて笑うみたいに……長もさ、『彰司は私の大事な息子だ』なんて言っちゃって、瀬山さんはそれ聞いて嬉しそうに笑うんだ。
はは……なに勝手な想像をしてるんだろ。
現実は全然違うし、こんな事を考えたって意味がない。
ああ……うん、意味はないよ。
でも……でもさ、想像の中だけの世界だけど、霊力のない瀬山さん達は仲良し親子でさ、瀬山さんは幸せな子供時代を過ごして、初恋の女性と幸せな結婚をするんだ。
それで長は、可愛い孫を抱きながらめっちゃデレデレしてるの。
はぁ……そんな世界が本当にあったら良かったのにな。
ああ、なんだろ、鼻の奥が痛くなってきた。
僕は眠くなった振りをして俯いて、感情が落ち着くのを待っていた。
と、その時。
『…………なんだ……コイツ……どうしたんだ……?』
突然、ただならぬ大上さんの声が聞こえ、何事かと僕は顔を上げたんだ。
大上さんは驚いた表情で長を視ていた。
なんだ? と目線を移動する。
「え……? なんで……?」
そこには弱々しい表情をした長がいた。
口をへの字に歪ませて、鼻をグズグズさせて……でも、それだけなら驚かない。
信じられなかった……視間違いかと思った。
だってさ、皺の閉じた両目から、微かに水が……滲み出していたのだから。
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