第二十章 霊媒師 瀬山 彰司

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◆ ____(おさ)を滅したらさ! ____いっせーので、みんなで笑おうぜ! 苦内(くない)を握れば手練れになるけど、素顔はカワイイ17才。 (おさ)を滅する前、(かける)君は無邪気な顔でこう言ったんだ。 みんなもそれに賛成し(もちろん僕も)、(おさ)を滅した今、その約束はいつ果たされても良いはずなのに、言い出す(もの)は誰もいなかった。 みんなはその場に座り込んで、ホッとしたような、気が抜けたような、二言三言コトバを掛け合い、互いの肩を力弱く叩き合い、目を合わせ『本当に滅したんだな』なんて。 地面に刺さった薙刀は、ただそこにあるだけで、(おさ)の姿はどこにもない。 長年、自分達を縛り続けた(おさ)がいなくなった事を、噛み締めるように確かめ合っていた。 僕達から少し離れた場所。 そこでは、瀬山さんと先代が2人だけで座り込んでいた。 最初、瀬山さんは地に刺さる薙刀を視てたんだ。 ぼーっとした顔で暫く眺め、その後、口を開けて何かを言って、かすかに笑って、だけどすぐに顔を歪めて、それで……ゆっくり霊体(からだ)を前に倒すと、そのまま地面にうずくまってしまった。 瀬山さんは泣いていた。 地面におでこを擦り付け、声を殺して霊体(からだ)を丸めて……ただでさえ細いのに、その姿はうんと小さく頼りなくって、まるで捨てられた子供みたいに視えたんだ。 黙ったままの先代は、薄い背中を撫ぜ続けているのだが、不意に僕と目が合うと…… シー、 と口元に指を立て、黙っているように言った。 瀬山さんが泣いているのを、まだ誰も気付いていない。 隠さなくっちゃ、と思った。 瀬山さんの涙を視れば、きっとみんなは心を痛める。 みんなは少しも悪くない、もちろん瀬山さんも悪くない。 さっきの……瀬山さんにも聞こえたのだろう。 夢うつつの(おさ)が言った最後の言葉。 生きていた頃も死んだ後も、親子は色々あったけど、それでも、あの瞬間の(おさ)は、どこにでもいる平凡な父親だったよ。 息子の誕生を喜んで、愛しく想い”大事”だと言葉に出した。 たったの一言だったけど、あの一言が瀬山さんを救ったんだ。 本当は大きな声で泣きたいのかもしれない。 だけど瀬山さんの性格だ。 みんなを気遣って、だから声を殺して、うずくまって、小さくなって、分からないように泣いているんだ。 「大福、」 小さな声で猫又を呼んだ。 空気を読んだ賢いハニーは、囁くように『ぅな?』と答える。 「瀬山さんのコトに行ったげて。泣いてるの、みんなに分からないように隠してあげて」 僕がそうお願いすると、”サイレントニャー”で返事をくれた大福はポテポテと歩き出した。 実にさり気なく手練れの傍まで到着すると、お得な三尾を一振り二振り。 あっという間に虎の子サイズの猫又は、軽トラサイズにスケールアップ。 ドドーンと可愛い大きな霊体(からだ)で、ドスーンと貫禄の香箱座り。 瀬山さん……これでダイジョウブ、これでもう視えないよ。 誰にも視られない、誰にも知られない。 だから今だけ、少しだけ、息子に戻って気持ちの整理をつけたらいい。
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