第二十一章 霊媒師 ……もいる、黄泉の国の話

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『ボスッ!!』 思わず叫んだ……が、カンガルー達の真ん中で、ボスは霊体(からだ)を低くして、両腕と片脚を器用に使ってすべてのキックをかわしていた。 すごい……囲まれた至近距離。 俺ならきっと全部は無理だ、一発くらいは喰らってる。 そこからみんなの動きは早かった。 中村さんと杉野っち、大上さんと長澤さんと林さん。 5人はそれぞれ1頭ずつのカンガルーを羽交い締め、ボスに怪我がないかを聞いていた。 『大丈夫だ、怪我はない。このくらい避けられなきゃレンジャーなんか務まらねぇよ』 とりあえず良かった……でもさ、姉さん達、ボスと仲良しじゃないのかよ。 いきなり蹴るとかどうかしてる。 隊長になったって喜んでたはずなのに。 その姉さん達は後ろから押さえられ、抵抗するとか文句を言うとか思っていたのに、そうはならなかった。 カンガルなのにほっぺを赤く、照れたようにこう言ったんだ。 『やだ……積極的なのね。きゃっ』 『ボクシングもまだなのにハグだなんて……ズキュン』 『しかも後ろから……ロマンチック』 『もういいわ、このままお付き合いしましょう。ヨロシク』 『ううん、面倒だから結婚よ。誰かローキックしてちょうだい』 えぇ? なんで照れる? なにを言ってる? 意味がさっぱり分からない……この流れで結婚って……なんかの暗号か? ボスは暗号が分かるのか、慌てた様子もなく俺らに言った。 『おまえらありがとな。アタシは大丈夫、姐さん達を放してやれ。ははっ! まあ驚くよな、来たばっかでわかんねぇよな。今のキックに悪意はねぇ。むしろ逆でお祝いだ。『congratulations(オメデトウ)!』って言ってただろ?』 ん! そういえば言ってた! でもさ、おかしくないか? だっておふざけじゃない、かなり本気のキックだった。 俺もみんなもポカンとしてて、ボスはおかしそうにゲラゲラ笑い、そして教えてくれた。 『あのな、姐さんらは”ダイテ星”の”カンガル族”。カンガル族は戦闘民族なんだ。カンガル族の文化として、お祝い事にはキックをするってのがある。結婚したらローキック、それ以外はハイキックだ。今のはアタシの昇級を祝ってくれたんだよ』 おぉ! そういう事だったのか! だからハイキック、なんだみんな優しいじゃん!   『ちなみにな、さっき姐さんらが言ってたコト。”ボクシング”ってのは愛の告白だ。ははっ! おまえら相当気に入られたな、結婚式には呼んでくれ! つーコトで姐さん方、祝ってくれてアリガトな! アタシらはそろそろ行くよ!』 またねぇ! 両手と尻尾をブンブン振って姉さん達が見送ってくれた。 俺らもブンブン手を振って、それでそのあと笑うボスが言ったんだ。 『いやぁ、着いて早々カンガル族じゃあビックリするよな。でもよ、カンガル族だけじゃねぇ。黄泉(ここ)にはたくさんの(ヒト)がいる、その分だけアタシらとは違った文化、違った考えがあるんだ。特殊部隊の訓練は戦闘だけじゃねぇ。各星、各民族の文化もすべて覚えてもらう。言っておくが”徐々に”じゃねぇぞ、”早急に”だ。1日1回テストもあるからそのつもりでな。んじゃー行くぞー。レッツ手続きー!』 赤い髪をふぁさーとさせて、ボスは大股で歩き出す。 俺らは行き交うヒトをよけながら、その背中を追いかけて行ったのだ。
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