2365人が本棚に入れています
本棚に追加
/2550ページ
移動の陣。
黄泉の国でこれを視ない日はない。
仕事に行くにも遊びに行くにも陣を使って移動する。
六芒星を丸く囲む構築式は緑色に発光し、”どこそこへ行きたい” そう口にするだけで、一瞬で目的地に着けるんだ。
陣を造ったのはダーマン星の魔族達。
腕の良い職人達が、長い年月をかけ、あらゆる場所に設置してくれた。
その陣の上に立ち、ウチは目的地を口にしようとした。
だけど……喉が詰まって声が出ない。
魔族が造った移動の陣は凄いんだ。
正確で、早くて、瞬き一つで到着するから、口にすれば着いてしまう。
ウチ、バラカスになんて話せばいいのかな。
ウチが駄目にしちゃったのかな。
バラカス、きっと悲しむだろうな。
足元では陣が緑色に発光し、ウチのコトバを待っている。
どこに行くのか、どこに行きたいのか、どこへ行かなければならないのか。
そうだ……いつまでもこうしている訳にはいかない。
バラカスに会いに行こう。
話をしに____
『………………陣よ、バラカスのオウチに連れて行って、』
途端、陣は一際強く光を発した。
包まれるような感覚、慣れたはずの感覚なのに、それはひどく辛い感覚だった。
……
…………
………………
強い光がおさまって、まわりの景色は一変した。
ミシレイニアスの街は消え、代わり、呆れるくらいの大きな建物、バラカスのオウチがあった。
『着いちゃった、』
また1人で呟いて、そして大きく息を吸った。
窓を視れば電気がついている。
暖色の優しい光だ。
バラカスが待っている____
『ただいまぁ……』
玄関のドアを開け、小さな声で言ってみた。
奥の方から『おう、』と短く返事が聞こえて、ウチは手のひらに汗を掻く。
のそのそとリビングへと進む……リビングと言ってもバラカスサイズの部屋だから、ヒト族のウチから視ればそこはまるで大きな公園だ。
敷き詰められた芝生、その真ん中にバラカスがいた。
『……ただいま、……遅くなっちゃったかな、』
小さな声でそう言うと、
『まだ10時前だぜ? ちっとも遅かねぇよ。出て行ったのが遅かったんだから』
バラカスもまた小さな声でそう言った。
ここで……沈黙だ。
ウチは何か言わなくちゃと思って、手に持っていた小さな箱を上に掲げた。
『これ、おみやげ! あのね白雪ちゃんとケーキを食べたんだ。だけど今日は食べきれなくて、そしたらお店の霊が包んでくれたの。おいしいからオウチで食べてくださいって。バラカスには小さいかな、でもさ、味はわかると思うから食べてみてよ、ウチはもうお腹いっぱいで、』
不自然かな。
白雪ちゃんと会ったのに、白雪ちゃんの話をしない。
こんなの、もう何かあったとバレてるかな。
ウチ、なんて言ったらいいかな。
最初のコメントを投稿しよう!