第二十一章 霊媒師 ……もいる、黄泉の国の話

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『ほらっ! 一緒に来いっ! ジーナの所に行くよ!』 肩に食い込む鋭い爪が、尖った痛みを走らせた。 乱暴に力一杯引っ張られ、ウチの霊体(からだ)が傾くと、肉の塊はここぞとばかりに引きずったんだ。 『さっさと歩け!!』 肩が、足が、その両方がとても痛い。 こんな乱暴、受けた事がないよ。 こんな暴言も初めてだ。 泥だらけの制服、丸刈りの頭、死んで幽霊になったウチ、あり得ない恰好とあり得ない状況。 ショックを受けて泣き出したっておかしくないのに、そうはならなかった。 だってね、思うんだ。 このくらいの辛さ、むしろ進んで受けるべきじゃないかって。 こんなの、ジーナの辛さに比べたらどうって事ないよ。 そんな事を考えてたら、肉の塊がウチに言ったんだ。 凄むように、念押すように。 『いいかマジョリカ、楽になれると思うなよ? 光る道には乗せない、黄泉の国には絶対に逝かせない。お前はその身が消滅するまで現世を彷徨うんだ。生きてた頃には味わった事のない孤独と虚しさに苦しむんだよ。そう、あたしと同じ思いをすればいい』 乱杭歯をカチカチ鳴らして、歩きながら覗き込む。 ”同じ思いをすればいい” 、これは決して良い意味じゃないのだろう。 そういう事を他人に言える神経が分からない……けど。 ウチはもう、それに対して言い返す気力が残っていなかった。 だから力弱く…… 『あぁ……うん、分かった。言う通りにする、現世(ここ)に残ればいいんでしょう? 黄泉の国がどういう所かも知らないし、なんとなく天国みたいな所かなとは思うけど、逝かないよ。それよりウチ、ジーナの傍にいたい』 こう言った。 今はこれが精一杯。 肉の塊……ううん、さっき、このヒトに言われた事が頭から離れないんだ。 ウチは友達失格で諸悪の根源。 ジーナが苦しいのもウチが死んでしまったのも、ぜんぶウチのせいだった。 ああ……どうしたら良いんだろう、どう償ったら良いんだろう。 もう一度あやまろうにも、幽霊だからウチの姿はジーナに視えない。 だけど、なんとか方法を視つけたい。 時間はかかるかもだけど、それまでジーナと一緒にいたいよ。 その為には…… 『あの……』 勇気を出して話しかけた。 このヒトは、これから言う事を怒らずに聞いてくれるかな。 無理かな……怖いな……でも言わなくちゃいけない。 『………………なんだ。黄泉の国に逝かなくて良いなんて、おかしな事を言うと思ったけど……何か魂胆があるのか?』 左右で違う大きさの両目がグワリと見開かれた。 それだけで緊張する、怯んでしまう。 『ジ、ジーナの事で、お願いがあるの。あ、あのね、ウチを逝かせたくないんでしょう? だから……ウチが黄泉の国に逝かない代わりに、ジーナの身体を取らないでほしいの』 言い終えての沈黙が長かった。 見開いた目が吊り上がる、空気が重くなる、ウチの心臓が速くなる。 『それは駄目だ。あたしが何の為に10年も囁いたと思ってる。生者の身体を手に入れて、人生をやり直す為だ。それを……簡単に言ってくれるねぇ。言っておくけどマジョリカ。あたしはお前の周りにいる連中とは違う。頼めばなんでも願いを聞いてもらえると思うな。……だから嫌なんだよ、苦労知らずのガキは。お前の嫌がる事ならいざ知らず、望みなど絶対に叶えるものか……!』 空気は更に重く、張り詰めた。 ウチ……言い方を間違えたんだ、このままじゃいけない、ジーナが乗っ取られてしまう、どうしよう、ウチ、またジーナに迷惑をかけるよ、違うの、そうじゃなくて、 『ご、ごめんなさい、ねぇ聞いて、ウチの話を聞いて、ウチ、後悔してるんだ。ウチのせいで長い間ジーナを苦しめた、ウチのせいでいっぱい泣かせてしまった、だからね、償いたいの。だけど方法が分からなくって、方法を視付けるまでに時間がかかると思って、だから、だから、今すぐどうこう出来なくて、時間が必要なんだ。なのに先にジーナを乗っ取られたら、もう二度と償えなくなる、だからお願い! ウチ、黄泉の国に逝かなくて良い、そんな所よりジーナの傍が良いんだよ、ジーナがウチを嫌っていても、ウチはやっぱりジーナが好きで、姉妹だと親友だと思ってて、だからどうしても……! ねぇお願い、ウチなんでも言う事聞くよ、ジーナさえいてくれたらそれでいいの、髪でも腕でも何でもあげる、だから、』
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