2364人が本棚に入れています
本棚に追加
/2550ページ
『ほらっ! 一緒に来いっ! ジーナの所に行くよ!』
肩に食い込む鋭い爪が、尖った痛みを走らせた。
乱暴に力一杯引っ張られ、ウチの霊体が傾くと、肉の塊はここぞとばかりに引きずったんだ。
『さっさと歩け!!』
肩が、足が、その両方がとても痛い。
こんな乱暴、受けた事がないよ。
こんな暴言も初めてだ。
泥だらけの制服、丸刈りの頭、死んで幽霊になったウチ、あり得ない恰好とあり得ない状況。
ショックを受けて泣き出したっておかしくないのに、そうはならなかった。
だってね、思うんだ。
このくらいの辛さ、むしろ進んで受けるべきじゃないかって。
こんなの、ジーナの辛さに比べたらどうって事ないよ。
そんな事を考えてたら、肉の塊がウチに言ったんだ。
凄むように、念押すように。
『いいかマジョリカ、楽になれると思うなよ? 光る道には乗せない、黄泉の国には絶対に逝かせない。お前はその身が消滅するまで現世を彷徨うんだ。生きてた頃には味わった事のない孤独と虚しさに苦しむんだよ。そう、あたしと同じ思いをすればいい』
乱杭歯をカチカチ鳴らして、歩きながら覗き込む。
”同じ思いをすればいい” 、これは決して良い意味じゃないのだろう。
そういう事を他人に言える神経が分からない……けど。
ウチはもう、それに対して言い返す気力が残っていなかった。
だから力弱く……
『あぁ……うん、分かった。言う通りにする、現世に残ればいいんでしょう? 黄泉の国がどういう所かも知らないし、なんとなく天国みたいな所かなとは思うけど、逝かないよ。それよりウチ、ジーナの傍にいたい』
こう言った。
今はこれが精一杯。
肉の塊……ううん、さっき、このヒトに言われた事が頭から離れないんだ。
ウチは友達失格で諸悪の根源。
ジーナが苦しいのもウチが死んでしまったのも、ぜんぶウチのせいだった。
ああ……どうしたら良いんだろう、どう償ったら良いんだろう。
もう一度あやまろうにも、幽霊だからウチの姿はジーナに視えない。
だけど、なんとか方法を視つけたい。
時間はかかるかもだけど、それまでジーナと一緒にいたいよ。
その為には……
『あの……』
勇気を出して話しかけた。
このヒトは、これから言う事を怒らずに聞いてくれるかな。
無理かな……怖いな……でも言わなくちゃいけない。
『………………なんだ。黄泉の国に逝かなくて良いなんて、おかしな事を言うと思ったけど……何か魂胆があるのか?』
左右で違う大きさの両目がグワリと見開かれた。
それだけで緊張する、怯んでしまう。
『ジ、ジーナの事で、お願いがあるの。あ、あのね、ウチを逝かせたくないんでしょう? だから……ウチが黄泉の国に逝かない代わりに、ジーナの身体を取らないでほしいの』
言い終えての沈黙が長かった。
見開いた目が吊り上がる、空気が重くなる、ウチの心臓が速くなる。
『それは駄目だ。あたしが何の為に10年も囁いたと思ってる。生者の身体を手に入れて、人生をやり直す為だ。それを……簡単に言ってくれるねぇ。言っておくけどマジョリカ。あたしはお前の周りにいる連中とは違う。頼めばなんでも願いを聞いてもらえると思うな。……だから嫌なんだよ、苦労知らずのガキは。お前の嫌がる事ならいざ知らず、望みなど絶対に叶えるものか……!』
空気は更に重く、張り詰めた。
ウチ……言い方を間違えたんだ、このままじゃいけない、ジーナが乗っ取られてしまう、どうしよう、ウチ、またジーナに迷惑をかけるよ、違うの、そうじゃなくて、
『ご、ごめんなさい、ねぇ聞いて、ウチの話を聞いて、ウチ、後悔してるんだ。ウチのせいで長い間ジーナを苦しめた、ウチのせいでいっぱい泣かせてしまった、だからね、償いたいの。だけど方法が分からなくって、方法を視付けるまでに時間がかかると思って、だから、だから、今すぐどうこう出来なくて、時間が必要なんだ。なのに先にジーナを乗っ取られたら、もう二度と償えなくなる、だからお願い! ウチ、黄泉の国に逝かなくて良い、そんな所よりジーナの傍が良いんだよ、ジーナがウチを嫌っていても、ウチはやっぱりジーナが好きで、姉妹だと親友だと思ってて、だからどうしても……! ねぇお願い、ウチなんでも言う事聞くよ、ジーナさえいてくれたらそれでいいの、髪でも腕でも何でもあげる、だから、』
最初のコメントを投稿しよう!