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(ユリ……落ち着いて……)
「え……?……ママ!?」
(ユリ……だいじょうぶだから、ママはここにいるから、あわてないで……)
「ママ! ママの声だ! ママ! ママ! 本当にそこにいるのね? 本当に逢えるのね?」
(そうよ……ペチペチと音が聞こえたわ……ユリ、自分のこと叩いているんでしょう? ダメよ、そんな事しなくていいからね……)
「だって! ママに逢えるから嬉しくて、嬉しすぎて震えが止まらないの! 早く逢いたいのに、顔が見たいのに、戸がうまく開けられないの! だからね、ペチペチしたら震えが止まると思って、それで、それで、」
(そんな事しなくていいのよ。自分を傷つけちゃダメ。さあ、目を瞑って、深呼吸して。ゆっくり、ゆっくりね。安心して、ママはここにいるわ、ママだって早く逢いたい。でもね、あわてなくていいの。だから自分を叩いたりしないで、のんびり震えがとまるのを待てばいい……だいじょうぶ、何時間だって待つわ。だって……今まで11年も待ったんだもの。それに比べればあっという間でしょう……?)
「あ……ママ……うん……そうだね。11年に比べたらぜんぜんだね。待ってて、ママ。私、頑張るからね」
引き戸1枚隔てて、優しく話しかける母親の声に落ち着きを取り戻したユリちゃんは、もう震えてなどいなかった。
背筋をのばし、その細い脚でしっかりと立ち前を向く。
そして桜色の小さな爪先は、ゆっくりと引き戸を横に滑らせた。
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