2367人が本棚に入れています
本棚に追加
◆
駅を背中に真っ直ぐ100m。
男の足なら1分で到着するのがウチの会社、【株式会社おくりび】だ。
レンガの外壁、三階建ての古いビルは、青々とした蔦が全体を覆う。
その蔦の葉の勢いたるや。
7月も半ば過ぎ。
長かった梅雨が明け、代わり強い陽ざしが容赦なく照り付ける。
生者がそれに体力を奪われる中、絡まる蔦はここぞとばかりに葉を成長させた。
春先までは葉の隙間からレンガの壁が見えていたのに、今ではカケラも見えやしない。
「しかしスゴイな……モシャモシャのモコモコじゃないか。しばらく見ないうちにまた葉っぱが増えた気がする。……前回見たのはいつだったっけ? 先週? 先々週? あれ? もっと前だったかな? ……ダメだ、疲れてる。思い出せないや」
はぁぁ、僕は小さく息を吐いた。
駅から会社、徒歩1分の短い距離が遠くって、ここまで来るのにヘトヘトだ。
今朝は起きるのも辛かった。
溜まった疲労は身体を重い鉛に変えて、強い陽ざしにトドメを刺される。
30過ぎの中年力がいかんなく発揮され、もうフラフラのヘロヘロなのだ。
恐るべし……繁忙期。
そう、僕がこんなに疲れているのは、仕事がガチで忙しいから。
梅雨の明けた夏本番、1年でもっとも忙しいこの時期は、冬に比べて依頼件数が増えるんだと話には聞いていた……けどさぁ、まさかここまで忙しいとは思ってもみなかった。
先月の終わり、先代と(18才バージョン!)瀬山さんに(レジェンド!)修行をつけてもらい、月を跨いで帰って来たらすでに繁忙期が始まっていた。
何も知らない僕はというと、呑気にお土産両手に持って「ただいまー!」なんて事務所に入っていったのだけど、迎えてくれたユリちゃんは、
「岡村さんに大福ちゃん! おかえりなさい! 待ってたー! ごめんなさい! 今すぐ嵐さんの現場の応援に入ってもらえますか!? 場所は都内! 電車で行けます! 今ピンチなんですぅ!」
と、そのまま現場にアサインされたのだ。
それから連続で誰かしらの応援に入り続けて……今日は久々の出社なのである。
最初のコメントを投稿しよう!