第二十二章 霊媒師 岡村英海

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◆ 駅を背中に真っ直ぐ100m。 男の足なら1分で到着するのがウチの会社、【株式会社おくりび】だ。 レンガの外壁、三階建ての古いビルは、青々とした蔦が全体を覆う。 その蔦の葉の勢いたるや。 7月も半ば過ぎ。 長かった梅雨が明け、代わり強い陽ざしが容赦なく照り付ける。 生者がそれに体力を奪われる中、絡まる蔦はここぞとばかりに葉を成長させた。 春先までは葉の隙間からレンガの壁が見えていたのに、今ではカケラも見えやしない。 「しかしスゴイな……モシャモシャのモコモコじゃないか。しばらく見ないうちにまた葉っぱが増えた気がする。……前回見たのはいつだったっけ? 先週? 先々週? あれ? もっと前だったかな? ……ダメだ、疲れてる。思い出せないや」 はぁぁ、僕は小さく息を吐いた。 駅から会社、徒歩1分の短い距離が遠くって、ここまで来るのにヘトヘトだ。 今朝は起きるのも辛かった。 溜まった疲労は身体を重い鉛に変えて、強い陽ざしにトドメを刺される。 30過ぎの中年力(ちゅうねんりょく)がいかんなく発揮され、もうフラフラのヘロヘロなのだ。 恐るべし……繁忙期。 そう、僕がこんなに疲れているのは、仕事がガチで忙しいから。 梅雨の明けた夏本番、1年でもっとも忙しいこの時期は、冬に比べて依頼件数が増えるんだと話には聞いていた……けどさぁ、まさかここまで忙しいとは思ってもみなかった。 先月の終わり、先代と(18才バージョン!)瀬山さんに(レジェンド!)修行をつけてもらい、月を跨いで帰って来たらすでに繁忙期が始まっていた。 何も知らない僕はというと、呑気にお土産両手に持って「ただいまー!」なんて事務所に入っていったのだけど、迎えてくれたユリちゃんは、 「岡村さんに大福ちゃん! おかえりなさい! 待ってたー! ごめんなさい! 今すぐ(らん)さんの現場の応援に入ってもらえますか!? 場所は都内! 電車で行けます! 今ピンチなんですぅ!」 と、そのまま現場にアサインされたのだ。 それから連続で誰かしらの応援に入り続けて……今日は久々の出社なのである。
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