第二十二章 霊媒師 岡村英海

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◆ 株式会社おくりび____ ウチの会社には【霊媒師業務マニュアル(社外秘)】というものがある。 それにはザックリだが、依頼を受けてから完了させるまでの手順が書かれている。 たとえば、依頼者が指定した場所に訪問する際(ま、ほぼほぼ自宅だけど)、出発前と現地到着時に必ず電話連絡をするだとか、受付時になんらかの理由で料金説明が出来なかった場合、現場の担当霊媒師が代わりに説明し、ご納得いただけたら着手するとか、割引クーポンは初回のみ使えるとか、……まぁ、そんな感じのコトが延々と記されているのだが…… 僕にとって一番肝心な、技術的なマニュアルは一切ないのだ。 悪霊との戦い方、善霊との接し方、霊武器の構築方法、【光る道】の呼び方……等々、現場に出たらどれもこれも絶対に必要な知識だというのに、メモ書き1枚すらないの。 そんな大事なマニュアル(モノ)なのにどうして無いか。 その理由は単純で、作りたくても作れないから、なのだ。 個々の霊媒師、持ってる霊力(ちから)はそれぞれ違う。 霊の視え方から戦い方まで、10人いれば10通りの特色がある。 たとえば、ジャッキーさん向けのマニュアルがあったとして、 ”まず最初にフィギュアに憑依して遠隔で操作しましょう ” なんて書いてあっても、憑依の出来ない僕からしたら「そんなんムリー!」と1ページ目で投げ出す他ない。 ゆえに僕は、僕向けの現場マニュアルを暇を見つけちゃチマチマと作っているのだ(とは言えまだ途中だし少ししか書けてないけど)。 研修で習ったコト、今までの現場で覚えたコト、そういったものを書いているのだが、その中で基本中の基本動作と言えば、生者と死者を確実に視分ける為の……切り分けだ。 ああ……せっかく、せっかく作ったのに。 気合い入れてチョット良いルーズリーフを買ったのに。 それにチマチマ書いてたのに(まだ2ページだけど)。 今回、切り分けの必要は無いみたい。 ギシ……ギシギシ……ギシィ…… 廊下の板張り。 軋む音がうるさくて、耳の奥がジンジンしてくる。 僕の位置から目測で1メートル。 そこには黒と焦げ茶が不規則に混ざり合う、巨大なナニカ(・・・)が立っていた。 床に大きな足を着け、背中を丸め、天井に頭を掠めて僕の方を向いている。 そのナニカ(・・・)はヒトの形をしてるけど、身長は2メートル強(天井までがそれくらいだからね)、横幅も相当でパッと視のシルエットはお相撲さんだ。 手も足もある、頭もある、……だけど今回、切り分けの放電はしない。 だって分かるよ、アイツは生者じゃない。 暗色の斑模様、焦げたような黒い煙が全身を覆ってる。 あるはずの顔はなく、のっぺりとして凹凸もない。 コイツは……異形だ。 元はヒトかもしれないけれど、恨み辛みが強かったのか、それとも未練が強かったのか、原型を留めずに妖怪化してるんだ。 妖怪化の斑模様は、僕を視て(多分ね、霊体(からだ)の足の指がコッチを向いてるからそうだと思う)、 『……カ……カカ……カ……』 喉から謎の音を漏らし、 その息は、鳥肌が立つほど生臭かった。
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