第二十二章 霊媒師 岡村英海

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「あ、あれ? 僕が抱っこしてたのは……サビ猫だったよねぇ、……えぇ?」 両手を上げてバンザイポーズ。 高い高いと猫を抱き上げ、ひんやりボディを胸に(いだ)くはずだった。 それが今、猫の霊体(からだ)は伸びに伸びて2メートル。 足が床に着いている、自分の足で立っている。 もはやこれは抱っこじゃないわ。 向かい合って立ってるだけだ。 どういう事だと改めて上を向く。 すぐ目の前に立っているのは、間違いなくさっき視た斑模様の妖怪だ。 巨大な霊体(からだ)は、縦にも横にもすこぶるデカイおすもう体型、……なんだけど、落ち着いてよくよく視れば、背はともかく横幅はフェイクかも。 フワンフワンな長毛が若干ボワッと逆立ってるから、霊体(からだ)が大きく視えたんだ。 “猫あるある” だ。 長毛種の本体は、たいてい細いと決まってる(お風呂に入れると毛が濡れてヒョロっとしちゃうアレ)。 「”斑模様 ”の正体はキミだったのか……」 頭の中で疑問符が量産された。 斑模様の妖怪は、実家(うち)で悪さをしてたんだ。 家の中を歩いてまわって変な音をさせてたし、我が家のアイドル、きなこの事も脅かした。 しまいには僕の大事なスィートハニー、大福までさらったの。 悪行三昧だ(特に猫関係)。 なんだけど…… 「キミは悪い子なの……?」 思わず聞いた。 答えてくれるか分からないけど、でもさ、さっきの姿を視ちゃったら……ねぇ。 とてもじゃないけど悪い子とは思えない。 斑模様のサビ猫は(巨大バージョン)、人の言葉が分かるのか、それともただの偶然なのか、ゆっくりと頭を下げて僕を視た。 その顔はのっぺりとして凹凸がない。 さっきは ”顔ナシ妖怪” だ、なんて思ったけどさ。 これもアレだ、長い毛が、顔まですっぽり覆ってたんだ。 てか目……痛くないのかな? 岡村家家訓____いかなる時も猫を助けよ。 家訓に乗っ取り僕は両手を脇から抜いた。 そして、顔にかかる長毛を優しく真ん中でかきわける。 すると…… キュルンと可愛い金の瞳と目が合った。 あ、キュート。 大きくなっても猫はやっぱりラブリーだ……なんて、呑気に思ったその時だった。 斑模様のサビ猫は(巨大バージョン)、大きな口を薄く開いてヘンな声を出したんだ。 『カ……カカカカ……カカカ……カカカカカカカ』 これ……さっきも斑が言ってたヤツ。 リズミカルな小さな声だ。 サビ猫は(巨大バージョン)、”カカカ” と鳴いて僕の顔をジッと視てるんだけど……これはクラッキングだ。 猫が獲物を見つけた時、それに興味を持った時の鳴き方。 なあんて。 誰に聞かすでもない ”猫ウンチク” を、心の中で独り言ちた数秒後。 『へにゃ、』 短く鳴いたサビ猫は、 ”カカカ” という声を止め、代わりに大きく口を開け…… パクッ! え? 思ったのは一瞬だった。 生臭いサカナの匂いが鼻をついた直後、僕の視界が暗くなる。 あれ? 僕、今、サビ猫(巨大バージョン)に食べられてない……?
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