第二十二章 霊媒師 岡村英海

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『痛い!』 大福が短く悲鳴を上げた。 無理もない、ハムのお口は小さいけれど意外と歯が鋭いからね。 大丈夫かな……とちょっぴりハラハラしたのだが、大福はすぐに落ち着き、ハムを地面にそっと降ろすとこう言った。 『あぁ、でもだいじょうぶよ。ごめんね、あなたには高かったのね。恐がらせた私が悪いわ』 優しい顔だ。 痛かったはずなのに、怒りもしないでそう言った。 お姫の尻尾は赤い血が滲んでて、だけどそれを視せないように霊体(からだ)の陰に隠してしまうと、ハムの頭をぺろりと舐めた。 やっぱりお姫は優しい仔だな、となぜか僕が得意に感じた時だった。 それは本当に突然で、背後から、大きな声が聞こえてきたんだ。 「小雪ーーーー!!」 あまりの必死さに僕は後ろを振り返る、……と、そこには年の頃は60才を超えたくらいの白髪の女性が、一生懸命こちらに駆けてくるとこだった。 「小雪! 小雪!」 息も絶え絶え、それでも走り続ける女性は片手を上げて、”小雪小雪” と連呼する。 もしかしてあの人が、”小雪ちゃん” の飼い主さんではなかろうか。 だとすると、現世での命を終えて、そして今、ようやく此処まで迎えに来れたという事だ。 大福はすぐに立って落ち着きなく女性を視てる。 血が滲む長い尻尾をブンブン振って、両耳を思いっ切り前に向けて、そしてきっと走り出そうと、前足がピクリと動き____ ____だけど、そうなんだけど、 大福よりも一瞬先に走り出したのは、同じ真白な毛の色の、小さな小さなハムスターの方だった。 え……? 訳が分からなかった。 僕も、隣で視ていたおはぎも、そして当の大福も唖然とするしかなかった。 ハムスターは途中で何度も転びながら、それでも立って女性の元へひた走る。 走って走って最後には、 「小雪ーーーー! 逢いたかったーーーー!!」 そう叫ぶ女性の元に飛び込んだのだ。 女性は…… 手の中のハムスターを大事に包み込んでいた。 ”小雪小雪” と名前を呼んで、頬擦りしながら泣いている。 大福は…… それを呆然と眺めていた。 ”小雪小雪” と女性は呼ぶが、視るのは小さなハムスター。 …… …………結局、 女性は最後までハムスターしか視ていなかった。 近くで固まる大福の、その横を、女性は笑顔で過ぎていく。 大福は数秒俯き、だけどすぐに振り返り、女性の背中が視えなくなるまで、ずっと……ずっとずっと視続けていた。 ★ココのシーンの小雪視点です。 https://estar.jp/novels/24474083/viewer?page=224&preview=1
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