第二十二章 霊媒師 岡村英海

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コンちゃんと内緒の話をした次の日。 現世に行きたいサビ猫に、早々チャンスがやってきた。 昨日の晩。 おはぎは何度も目を覚まし、モゾモゾと寝返りばかりを打っていた。 自分の尻尾を霊体(からだ)に巻き付け、時々小さくため息をつき、なんとかして眠ろうと、目を閉じてジッとするけどウトウトしては目を覚ますの繰り返し……結局、明け方までそんな調子だった。 数えきれない寝返りのあと、とうとうおはぎは眠る事を諦めて、ムクッと起き出しそっとオウチを抜け出した。 朝もやの丘の道。 そこをテテテと下って行けば、おはぎには慣れた場所、虹の広場に辿り着く。 そこでおはぎは小川に流れる綺麗なお水をたらふく飲んで、口のまわりをビシャビシャにした。 『ぷはぁ、おいしー』 ちょっぴり眠そうな顔をして、だけどお水に大満足の小さな猫は、グルリと広場を視渡した。 もしかして……コンちゃんを探しているのかな? パッと視、ニンジン色の長い霊体(からだ)は視つからなくて、その代わり、妙な空気に気が付いた。 早朝の虹の広場は、動物達も昼間に比べてやや少ない、……が、その数少ない動物達の様子がおかしいのだ。 いつもみたいな、のんびりまったり和やかムード……ではなく、どこかしんみりと、どこか落ち着きがなく、いる者達はあれやこれやと言葉を交わしていた。 ____ついこの間、小雪が行ったばかりなのに…… ____今度は犬みたい…… ____主さん来たけど連れて帰ってくれなかったんだって…… ____どうして……ひどい…… ____私達でなにかしてあげられる事はないのかな…… 切れ切れに聞こえてくる動物達の囁くような小さな声。 それらを繋いで推測すれば、今度は犬の子が現世に送られるようだった。 飼い主さんは虹の広場(ここ)まで来たと言っていたよな……なのにどうして連れて帰らなかったんだろう? やはりご病気かなにかで犬の子を忘れてしまったのだろうか? だとしたら……切ないな。 なんとも言えない気持ちになった。 同時、おはぎの事が心配になる。 大福の一件から日が浅い、立て続けにこんな話を聞いてしまって、ショックが大きいのではないだろうか。 「おはぎ……」 変えられない過去の出来事。 今、僕が視ているこの世界は、霊視によって視ているもので、声をかけても過去のおはぎに届かない。 わかっちゃいるけど、声をかけずにはいられなかった。 2才の仔猫がどんなに不安を感じているのか、思うだけで僕の方が泣きそうだった。
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