第二十二章 霊媒師 岡村英海

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僕はおはぎが心配で、しゃがみこんで寄り添った。 小さな猫は耳もヒゲもダランと下げて、落ち込みようがありありと伺えた……が、しかし、意外にもおはぎはすぐに顔を上げた。 そして四肢をしっかり地に着け、丸いオシリをフリフリさせた次の瞬間、弾丸のように走り出したのだ。 「え、ちょ、おはぎ!?」 僕は慌てて後を追った。 どこに行く気だ? 走って走って走り続けた先、小さな弾丸が急ブレーキをかけたのは、大きな建物の前だった。 虹の広場で初めて視る人工的な物だ。 ここは……なにかの施設……? いや、会社? それとも事務所か? おはぎはキョロキョロまわりに目をやって、誰もいないのを確認すると、身を低くしてシュタタと建物内(なか)に入っていった。 だ、大丈夫かな、勝手に入って怒られたりしないかな、ドキドキしながら猫の背中を追いかける。 建物は思った以上の広さがあった。 長い廊下を行ったり来たり戻ったり、おはぎは何かを探しているようなのだが……声は出さずに焦った様子で、時折ドアに耳を着け、中の様子を探ってる。 と、そこに気の弱そうな小さな声が聞こえてきたんだ。 『お、おはぎ……! おはぎ! こっちこっち!』 廊下の前方突き当り、丁の字の曲がり角からニンジン色のちっさな顔がコチラをのぞいて……ってコンちゃんじゃんか! 『コ、コンちゃん! なんでココにいるの!?』 仲良し蛇を視つけた猫は、大いに驚き転がるように廊下を駆けた。 『おはぎ、こっち! 急いで! もう出発しちゃう!』 コンちゃんは事情を言う間も惜しんでいるのか、とにかくおはぎをせっついた。 おはぎも素直にそれに従う。 走りながらコンちゃんが話してくれた事、それはおはぎの現世行きの手助けに関してだった。 『おはぎがココに来たって事は、広場でみんなが話していたのを聞いたんだよね? 犬さん、これから現世に送られるみたい。おはぎとボクは同じ事を考えてる、犬さんに紛れて現世に行くつもりなんでしょ? そう思ったから先回りして待ってたの。どの部屋から出発するのか、もう調べてあるから着いてきて!』 コンちゃんは力強く言いながら、だけど顔は辛そうだった。 聞いたおはぎは一瞬ポカンとし、だけどすぐにこう言った。 『コンちゃん……! ありがと、ありがと! 現世でトウとカアに会ったら、なるべく早く帰ってくるからね!』 『うん! 絶対だよ、絶対無事に帰ってきてよ! そうでなかったらボク……この先ずっと後悔するよ、本当はね……行かせたくないの。でも、おはぎが毎日不安な思いをするのも嫌で、なんとかしてあげたくて、昨日は寝ないで考えたんだ。それで、朝に犬さんの事を知って……本音をいえば、こうするのが正しい事なのか、それともダメな事なのか分からない……でも、おはぎには笑っててほしいの、だから……!』 ああ……そうか……コンちゃんが辛そうなのはジレンマに陥っているからなんだ。 この子だって辛いのに……おはぎの為に決断したんだ。
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