第二十二章 霊媒師 岡村英海

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足元の石畳をテクテク歩き、神社の敷地を出た時だった。 面した道路に軽トラックが通り過ぎ、早々、おはぎは腰を抜かしてしまった。 『へにゃにゃ!! な、な、なに今の!?』 無理もない(2回目)、車なんて家の中で暮らしてたら見ないもの、びっくりしちゃうよね。 幸い……と言っていいか分からないけど、おはぎは霊体、車が来たってすり抜けるからケガの心配はない。 だけど大丈夫かな……? 外を歩けば車もバイクも自転車も、バスも電車も通っているから、小さな猫はそのたび怖くて腰を抜かして、岡村家に着く前に心が折れたりしないかな……ああ、もう心配でたまらない。 と、おはぎも僕も、違う理由でそれぞれドキドキしていた時。 前から、1人の男性がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。 年の頃は50代……くらいだろうか。 長袖の緑のシャツに、デザイン古めのジーンズ姿。 足元はスニーカーで、バックの類は持ってないけど、手ぶらの男性なんて珍しくもなんともない。 日中だし、男性だろうが女性だろうが、用があれば道くらい歩くだろうし。 気にするような事じゃない……はずなんだけど気になって仕方がない。 なんでだろ? と男性を観察すれば、この人……極端に目線が低いんだ。 嫌な事でもあって俯いて歩いてる、というのとは違う。 あれは故意的だ、視線を辿れば猫に行き着く。 もしかして、おはぎの事が視えている? だとしたら生きた霊力者か? それとも死人(しびと)の幽霊か?  リアルであれば放電をして確かめたいけど、今はそれが叶わない。 その男性はサビ色猫を穴が開くほど見つめていた。 顎に手をやり首を傾げて、ゆっくりと近付きながら目線を決して外さない。 その目は三日月型に細まってるけど、猫好きの目ではない。 猫が好きでついつい見ちゃう、そういったのとは対極に位置する目だ。 嫌な予感が膨れ上がる。 歩道の端でペタリと座る小さな猫は、腰が抜けてまだ立てない。 男はどんどん近付いてくる、おはぎは男に気付いてない。 「おはぎ……おはぎ……おはぎ! 立って! 今すぐ走って! アイツから逃げて!」 間違ってればとんでもない失言だけど、僕の中で警鐘が鳴り響く。 男はもうあからさまに笑ってた。 目も口も三日月形に歪ませて、両肩をグルグルまわして小走りになる。 途中、1台の自転車が速度を持って歩道を走り抜けた。 ベルも鳴らさずペダルを漕いで、男と、おはぎと、僕と、順番にすり抜けた。 という事はアイツは死者だ、だからおはぎが視えるんだ。
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