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男はとうとう、腰を抜かして動けないおはぎの前までやってきた。
そして素早く身を屈めると、乱暴に小さな猫を鷲掴む。
『痛い……!!』
首の後ろを掴まれて、おはぎはぶらりと吊り下げられた。
おいやめてくれ!!
そんな持ち方、おはぎの首が締まってしまう!!
猫のその持ち方は、生まれたばかりの仔猫以外はしちゃ駄目なんだ!!
叫んでも過去の男に聞こえない、僕はそれでも叫び続けた。
おはぎは喉が苦しいみたいで、目を閉じて呻いてる。
男はニタリと下衆に笑い、吊ったおはぎをまじまじ視ながらこう言った。
『やっぱり幽霊猫だ。ついてるな、良い暇つぶしを手に入れた。コイツで遊んでやれ。死んでるから多少無理してもこれ以上は死なないからな、ひひひ……仲間を呼んでサッカーでもするか』
なにを言ってるんだ……?
猫でサッカー?
冗談じゃない……こんな小さな動物に乱暴するなんて許せない……!
リアルに戻ったら視つけ出して絶対に滅してやる……!
おはぎはガタガタ霊体を震わせ泣いていた。
僕はどうにか助けたくて、だけど何も出来なくて、悔しくて心配で頭がどうにかなりそうで、だけど、その間にもおはぎを連れて男はどんどん歩き出す。
成す術が無いままに男のあとを追いかけて、僕はただ口汚く怒鳴る事しか出来なかった。
誰か……誰かいないのか、霊力者でもいい、死人でもいい、誰かおはぎを助けてくれと、喉が切れそうに叫んだ時だった。
遠くからコンクリを掠るような、リズミカルな音が聞こえてたんだ。
聞こえるリズムは一定で、だけどすこぶるハイテンポで、それがどんどん大きくなって、なんだろうと振り返ったその刹那、
ゴォォッ!!
黒い何かが僕の身体をすり抜けた。
同時____
『ぎゃっ!! あぁぁぁあああああ!! なんだよ!! なんだオマエ!! ヤメロ!! 離せ!! 痛ぇ!! 痛ぇよぉっ!!』
男はおはぎを放り出し、そして地面に転がっていた。
何が起きてる……?
僕は目の前で泣き喚く、男の姿を呆然と視下ろしていた。
信じられない……こんな事って……
男は身動きが取れずにいた。
おはぎを吊るした汚い腕は、鋭い牙にガッチリ噛まれ、歩道の上に組み敷かれている。
押さえているのは革の首輪の黒い犬。
大きな身体は筋肉質で、眩しいくらいの屈強さだ。
この犬種は僕でも知っている。
凛々しい顔、大きな耳、太い四肢が逞しく力強い……ジャーマンシェパード。
シェパードは男の動きを完全に封じていた。
唸りを上げて腕を噛み、泣いても喚いても決して離す事はしなかったのだ。
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