第二十二章 霊媒師 岡村英海

78/159
前へ
/2550ページ
次へ
男はとうとう、腰を抜かして動けないおはぎの前までやってきた。 そして素早く身を屈めると、乱暴に小さな猫を鷲掴む。 『痛い……!!』 首の後ろを掴まれて、おはぎはぶらりと吊り下げられた。 おいやめてくれ!!  そんな持ち方、おはぎの首が締まってしまう!! 猫のその持ち方は、生まれたばかりの仔猫以外はしちゃ駄目なんだ!! 叫んでも過去の男に聞こえない、僕はそれでも叫び続けた。 おはぎは喉が苦しいみたいで、目を閉じて呻いてる。 男はニタリと下衆に笑い、吊ったおはぎをまじまじ視ながらこう言った。 『やっぱり幽霊猫だ。ついてるな、良い暇つぶしを手に入れた。コイツで遊んでやれ。死んでるから多少無理してもこれ以上は死なないからな、ひひひ……仲間を呼んでサッカーでもするか』 なにを言ってるんだ……? 猫でサッカー?  冗談じゃない……こんな小さな動物に乱暴するなんて許せない……! リアルに戻ったら視つけ出して絶対に滅してやる……! おはぎはガタガタ霊体(からだ)を震わせ泣いていた。 僕はどうにか助けたくて、だけど何も出来なくて、悔しくて心配で頭がどうにかなりそうで、だけど、その間にもおはぎを連れて男はどんどん歩き出す。 成す術が無いままに男のあとを追いかけて、僕はただ口汚く怒鳴る事しか出来なかった。 誰か……誰かいないのか、霊力者でもいい、死人でもいい、誰かおはぎを助けてくれと、喉が切れそうに叫んだ時だった。 遠くからコンクリを掠るような、リズミカルな音が聞こえてたんだ。 聞こえるリズムは一定で、だけどすこぶるハイテンポで、それがどんどん大きくなって、なんだろうと振り返ったその刹那、 ゴォォッ!! 黒い何かが僕の身体をすり抜けた。 同時____ 『ぎゃっ!! あぁぁぁあああああ!! なんだよ!! なんだオマエ!! ヤメロ!! 離せ!! (いて)ぇ!! (いて)ぇよぉっ!!』 男はおはぎを放り出し、そして地面に転がっていた。 何が起きてる……? 僕は目の前で泣き喚く、男の姿を呆然と視下ろしていた。 信じられない……こんな事って…… 男は身動きが取れずにいた。 おはぎを吊るした汚い腕は、鋭い牙にガッチリ噛まれ、歩道の上に組み敷かれている。 押さえているのは革の首輪の黒い犬。 大きな身体は筋肉質で、眩しいくらいの屈強さだ。 この犬種は僕でも知っている。 凛々しい顔、大きな耳、太い四肢が逞しく力強い……ジャーマンシェパード。 シェパードは男の動きを完全に封じていた。 唸りを上げて腕を噛み、泣いても喚いても決して離す事はしなかったのだ。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2366人が本棚に入れています
本棚に追加