第二十二章 霊媒師 岡村英海

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(いて)ぇ……(いて)ぇよぉ……悪かったよ……だから離してくれよぉ……頼むよぉ……』 シェパードの鋭い牙に、男は泣きながら許しを乞うていた。 歩道の上に霊体(からだ)を投げて、もはや抵抗する気はなさそうだ。 …… …………って、抵抗なんか出来っこないよ。 男を組み敷くシェパードは、まるでオオカミのようだった。 上から視ると首が太く、肩から背中の筋肉が瘤のように隆起する。 それに加えてこの牙だもの、人間なんかじゃ到底勝てない。 逃げようにも動けないし、仮になんとか逃げたとしても犬の足には敵わない。 秒の速さで追いつかれるに決まってる。 唸りをあげてたシェパードだったが、男の無抵抗を確認するとここでようやく腕を離した。 が、しかし、解放まではいかなくて、転がる男に大きな霊体(からだ)で圧をかけ新たに唸りをあげている。 男は、痛むであろう腕を押さえて震える声でこう言った。 『……わ、悪かった、その猫はおまえの猫なのか……? もういじめたりしない……約束する……だから許してくれ』 シェパードはその言葉を鋭い目付きで聞いてる。 だが男からどこうとしない、引き続き圧をかけたままだ。 男は涙をダクダク流し、顔中に脂汗を浮かべていた。 そしてさらに怯えた様子でこう続ける。 『…………ま、まだ許してくれない……? ど、どうしたらいいんだ……な、なぁ、本当に約束する、その猫()いじめない、だかr』 ガゥッッッ!!! 話の途中、犬はそれを遮るように大きく吠えた。 男はもう顔面蒼白、縮み上がって言い直す。 『ひぃぃぃ! ごめんなさい! 間違えました! 違います! その猫だけじゃないです! 他の猫も、犬も、動物ぜんぶです! いじわるしません、優しくします、本当ですぅぅぅ!』 必死になって ”動物をいじめない” と言う男。 それを聞いたシェパードは、黒い鼻を男の顔に近付けて丹念に匂いを嗅いだ。 嗅いでる間も圧はダダ洩れ、男は目を閉じされるがままだが『ナンマイダナンマイダ』と何故かお経を唱えていた。 …… ………… ……………… それから少しの時間がたって、シェパードは今度こそ男を解放した。 大きな犬に組み敷かれ、動けなかった男は霊体(からだ)をさすりながら起き上がると、 『……な、なんで、匂い嗅いでたんだ……? も、もしかして、俺の匂い覚える為か……? 俺がまた動物いじめたら犬が来る……? ひぃぃ! ナンマイダナンマイダナンマイダ! や、約束する! これからは絶対いじめない! だからもう来ないでくれぇっ!』 言うが早いか、わき目もふらずに男は逃げた。 シェパードは後ろ姿を射るように視つめていたが、追いかけようとはしなかった。 その代わり、ふっと顔から力を抜くと小さな猫に振り返る。 『大丈夫か? 怪我はないか?』 キビキビとした動き。 シェパードは歩道の端で腰を抜かして震えてる、おはぎに優しく声をかけた。 『へ、へ、へ、へにゃ……こ、こ、こ、怖かったにゃ……』 おはぎはベソベソと半泣きで、大きな犬を視上げてる。 シェパードは、そんなおはぎの可愛い頭をぺろりと舐めて、 『もう大丈夫だ』 力強くそう言った。
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