第二十二章 霊媒師 岡村英海

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『そう、約束。……あのね、昔……私と主が生きていた頃、私達は警察官で、さっきおはぎにイジワルをしたような、”悪い人” をつかまえる仕事をしてたんだ』 優しい口調だ。 犬の警察官は、小さな仔でも分かるように説明を始めた。 泣いたせいでほっぺがカピカピしているおはぎは、顔を洗うのも忘れて聞き入っている。 『”悪い人” をつかまえる、というのは簡単なことではなくてね、キケンな事も大変なコトもいっぱいあった。だけど怖くはなかったよ。だって私は1匹じゃない、主とコンビを組んでいたから。主とは子犬の頃から一緒にいたの。主はいろんな事を教えてくれた。私が何かを覚えたら、そのたび褒めて抱きしめてくれた。私は主が大好きで、主も私が大好きで、だからだと思うけど、お互いを信じているんだ』 『信じてる……?』 『うん、そうだよ。心から信じてる。 主の愛情は本物だ。彼は私にウソをつかない、いつだって正直で私を大事にしてくれる、……そうだ、前にこんな事があったよ。彼の腕には大きな傷があるんだけど、それは昔、私を悪い人から守ろうとして負った傷なんだ。その時主は、自分の腕から血が出ているというのに、私ばっかり心配してねぇ……ははは、そんな主だもの、決して私を待ちぼうけにはしないさ。だから大丈夫、心配しなくて良いんだよ。主は必ず迎えに来る。私はそれを楽しみに待つつもりだ』 雷神号はそう言うと、澄んだ目を糸のように細くした。 良い顔だな……晴れやかで、迷いがなくて、主さんを信じきってる表情だ。 離れていても彼らの絆に揺るぎはない。 強くて優しい正義の犬は、視ず知らずのおはぎの事を助けてくれた。 彼は言ってた、“たとえ主が不在でも彼の正義が私を動かす” と。 主さんは……そういう人(・・・・・)なんだな。 雷神号とおんなじように強くて優しく、そしてきっと誠実な人なんだ。 主さんを直接知らない僕だけど、雷神号を視てたら分かる。 …… …………僕も信じるよ。 生まれ変わった主さんが、現世で正義に尽力したあと大往生で命が終わり、そしたら……そしたらさ、その時こそ迎えに来ると思うんだ。 再会したら前みたいに抱き合って、互いに匂いを嗅ぎ合って、泣きながら笑ってさ、……そんな未来が目に浮かぶ。 そう、だから僕も信じるよ。
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