第二十二章 霊媒師 岡村英海

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おはぎのピンチを何度も救った警察犬、雷神号は虹の国に帰ってしまった。 天から降ったみんなの声も今はなく、小さな猫は実家の前でイチニャンきり。 僕の予想では、おはぎはすぐに動けないと思っていた。 緊張とか期待とか、そういうのが混ぜこぜで、仔猫のおはぎがそれをうまく整理するには少し時間がいるだろうって、そう思っていた。 だけど……おはぎは微かに頷くと、可愛いアンヨを一歩前に出したんだ。 意を決した顔をして、キリリと凛々しく口を結んで、一歩、二歩、三歩四歩と歩き出す。 やがて、門扉を過ぎて玄関前まで進んだおはぎは、一度止まって息を吸い、閉まったドアを物ともせずにすり抜けて、家の中へと入っていったのだ。 ドア1枚の向こう側。 どこにでもある建売住宅二階建て。 可もなく不可もない玄関は、黒いタイルが敷き詰められている。 たたき(・・・)の端には靴が数足。 もちろんこれは父さん達のだ。 おはぎは靴をジーッと視て、おずおずと手を伸ばしたが……すり抜けるだけで触る事は出来なかった。 空振りの肉球を、おはぎはザリザリと舐めた。 それはなんだかおざなりで、お手入れというよりは、気持ちを落ち着かせる為って感じ。 雑に数回舐めたあと、それをフッと止めたおはぎは、今度は突然、鼻からめいっぱいに空気を吸った。 『すぅぅぅぅぅぅ……………………………………………………』 や……ちょ……吸うの長くない? お、おはぎさん? 吸ったままじゃダメよ? ちゃんと吐いてね? 呼吸って吸ったら吐くものだからね? まだ吸ってる、吸い続けてる、ちょ、ダイジョブ? サビた猫には命はない。 だからこれ以上は死なないけれど、あまりに長い吸い込みのみに、僕はちょっと心配になる……も、 『…………………………………………………………ぶっはー!!』 可愛いお口をぱかーっと開けて、おはぎは息を吐き出した。 直後、有頂天な声で、 『わぁ! わぁぁ! わぁぁぁ! すごいにゃ! 家の中、トウとカアの匂いでいっぱいだにゃーーーー!』 こうはしゃいだのだ。
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