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『い、い、良い匂いだにゃぁ……(スゥハァスゥハァ……)』
興奮しきりの小さな猫は、家の匂いをシツコイくらいに嗅いでいる。
こんなん、人がしたら変態扱いされちゃうけれど、これが猫だと話は別だ。
ちっちゃなお鼻にシワを寄せて、嬉しそうにはしゃいじゃって、可愛いったらありゃしない。
肺いっぱいにトウとカアの匂いを吸って、視るからに浮かれているサビ猫は、目線を上げるとキュートなオシリをフリフリさせた。
そして、
『にゃっ!』
と短い掛け声で、玄関から廊下の上に飛び乗った。
身のこなしが軽いな、さすがは猫だ……なぁんて。
僕が感心していると、おはぎはキョロキョロ家の中を視渡して、肩をプルプル震わせた。
『へにゃ……へにゃ……覚えてるにゃ……懐かしいにゃ……コッチに行くと階段があって、アッチに行くとトイレがあって、まっすぐ行ったらゴハンを食べるお部屋があるんだにゃ』
へぇ、おはぎはすごいな。
この仔が実家に住んでいたのは、かれこれおおよそ30年前。
そんな昔のコトなのに、それでもちゃんと覚えてるんだ。
大したもんだよ、もしかして天才なんじゃないだろうか(ガチでそう思う)。
長い尻尾をピンと立て、ランウェイよろしくおはぎは真っすぐ歩き出す。
目指しているのはどうやらリビング、猫曰く ”ゴハンを食べるお部屋” 、だ。
テテテと歩いて、廊下とリビングの間仕切りドアの前に着き、
『……いるかな……トウとカア、いるかな……』
そう独り言ると『へにゃ、』と短く、さっきよりも弱く鳴いて、ドアをすり抜けリビングに入った、その瞬間____
『カア!!』
おはぎは叫び、間髪入れずに駆け出した。
駆けた先、そこには確かに母さんがいた。
部屋の真ん中、ハーブティーのカップを持って、テーブルにお菓子を並べてテレビを見ながら笑ってる。
おはぎにしたら、会いたくて甘えたくてたらまらなかった人だ。
大好きなカアは目の前で、気持ちが昂り冷静でいられない。
『カア! カア!』
何度も叫んで駆けるおはぎは、焦っているのか猫らしからぬドジを踏み、足を絡ませ転んでしまった。
だけどすぐに立ち上がり、前にのめって再び駆けた。
『カア! カア! カア! おはぎだよ、おはぎが来たよ、覚えてる? おはぎのこと覚えてる!?』
母さんまであと少しとなった時。
後ろ足をバネにして、おはぎは宙を高く飛んだ。
四肢をぱぁっと大の字に、広げて目掛けて、母さんの懐に飛び込もうとして____
____ドシャーーッ!
「あははははは、この芸人さん面白いわぁ」
ハーブティーを飲みながら、母さんはケラケラと笑っていた。
目線はテレビに釘付けで、今、すぐ横で、サビ猫が倒れ込んでいようとは……夢にも思っていなかったのである。
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