第二十二章 霊媒師 岡村英海

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『い、い、良い匂いだにゃぁ……(スゥハァスゥハァ……)』 興奮しきりの小さな猫は、家の匂いをシツコイくらいに嗅いでいる。 こんなん、人がしたら変態扱いされちゃうけれど、これが猫だと話は別だ。 ちっちゃなお鼻にシワを寄せて、嬉しそうにはしゃいじゃって、可愛いったらありゃしない。 肺いっぱいにトウとカアの匂いを吸って、視るからに浮かれているサビ猫は、目線を上げるとキュートなオシリをフリフリさせた。 そして、 『にゃっ!』 と短い掛け声で、玄関から廊下の上に飛び乗った。 身のこなしが軽いな、さすがは猫だ……なぁんて。 僕が感心していると、おはぎはキョロキョロ家の中を視渡して、肩をプルプル震わせた。 『へにゃ……へにゃ……覚えてるにゃ……懐かしいにゃ……コッチに行くと階段があって、アッチに行くとトイレがあって、まっすぐ行ったらゴハンを食べるお部屋があるんだにゃ』 へぇ、おはぎはすごいな。 この仔が実家(ここ)に住んでいたのは、かれこれおおよそ30年前。 そんな昔のコトなのに、それでもちゃんと覚えてるんだ。 大したもんだよ、もしかして天才なんじゃないだろうか(ガチでそう思う)。 長い尻尾をピンと立て、ランウェイよろしくおはぎは真っすぐ歩き出す。 目指しているのはどうやらリビング、猫曰く ”ゴハンを食べるお部屋” 、だ。 テテテと歩いて、廊下とリビングの間仕切りドアの前に着き、 『……いるかな……トウとカア、いるかな……』 そう独り言ると『へにゃ、』と短く、さっきよりも弱く鳴いて、ドアをすり抜けリビングに入った、その瞬間____ 『カア!!』 おはぎは叫び、間髪入れずに駆け出した。 駆けた先、そこには確かに母さんがいた。 部屋の真ん中、ハーブティーのカップを持って、テーブルにお菓子を並べてテレビを見ながら笑ってる。 おはぎにしたら、会いたくて甘えたくてたらまらなかった人だ。 大好きなカアは目の前で、気持ちが昂り冷静でいられない。 『カア! カア!』 何度も叫んで駆けるおはぎは、焦っているのか猫らしからぬドジを踏み、足を絡ませ転んでしまった。 だけどすぐに立ち上がり、前にのめって再び駆けた。 『カア! カア! カア! おはぎだよ、おはぎが来たよ、覚えてる? おはぎのこと覚えてる!?』 母さんまであと少しとなった時。 後ろ足をバネにして、おはぎは宙を高く飛んだ。 四肢をぱぁっと大の字に、広げて目掛けて、母さんの懐に飛び込もうとして____ ____ドシャーーッ! 「あははははは、この芸人さん面白いわぁ」 ハーブティーを飲みながら、母さんはケラケラと笑っていた。 目線はテレビに釘付けで、今、すぐ横で、サビ猫が倒れ込んでいようとは……夢にも思っていなかったのである。
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