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『へにゃ……なんで……?』
フローリング板の上。
スライムみたいに倒れるおはぎは、『へにゃ……? へにゃ……?』と頭にハテナを束で浮かべる。
ああ……そうだよな……こうなっちゃうよな……
幽霊猫のおはぎの姿は、霊力がなければ視る事も、声を聞くのも叶わない。
せっかく実家まで来たというのに、おはぎの事を覚えているのかどうなのか、これはもう聞く以前の問題だ。
本当はさ、聞かなくたって答えは決まってるんだ。
父さんも母さんも、そしてもちろん僕もだけど、猫達を忘れるはずがないんだよ。
飼ってしまえば、一緒に暮らせば、あの仔達は全ニャン家族だ。
毎日が楽しくて、毎時間幸せで、世話をするのは大変だけど、その苦労さえも愛しい。
だから本当は、心配なんかしなくていいんだけど……でも、それでも、今のおはぎには必要なんだろな。
”忘れてないよ”、”大丈夫だよ”、大好きよ” という、明確な愛の言葉が。
「あらー、この芸人さん歌も上手いのねぇ。すごいわぁ」
テレビに夢中な母さんは、芸人さんの意外な特技に感心しきりだ。
それを聞いた小さな猫は、ガバッと飛び起き、
『歌ならおはぎも歌えるにゃ! へにゃにゃにゃ~♪ へにゃぁん♪ にゃにゃにゃにゃーん♪』
一生懸命歌い出す。
正直、なんの歌かは分からないし、あまり上手じゃないかもしれない。
だけど気持ちが溢れてる。
母さんに気づいてほしくて、ここにいるよと伝えたくって、コッチ視て、声を聞いてと必死になって歌ってるんだ。
それなのに……おはぎがどんなに歌っても、大きな声で呼びかけても、母さんはまったく気づかずテレビを見てた。
「やだ、本当に上手いわね。ほれぼれしちゃう」
お菓子を1つ、口に入れた母さんは、テーブルに頬杖をついた。
おはぎも後を追うように、テーブルにピョンと跳ねて飛び乗った。
『にゃにゃにゃーん♪ にゃにゃんにゃー♪ ねぇ、おはぎの歌も聞いて、おはぎも上手だって言って、にゃにゃー♪』
母さんの目の前で、声を大におはぎが歌う。
だが、
「芸人さんのこの声が好きだわぁ」
やっぱりそれに気がつかない。
その様子におはぎの目には焦りが浮かぶもそれでも歌う。
『へにゃふはーん♪ 声が好きなの? そうなの? カア、おはぎの声は? おはぎの声も好き?』
歌の合間におはぎは聞いたが、それに対して返事はない。
「素敵だわぁ、生で聞いてみたいわぁ」
『へにゃにゃーん♪ にゃにゃにゃぁん♪ おはぎの声を聞いたらいいよ、ねぇ聞いて、気づいて、コッチ視て、にゃにゃっにゃーん♪』
歌いながら母さんに手を伸ばす、が、さっきと同じですり抜ける。
おはぎはますます焦り出す、……そして。
「あー、歌い終わっちゃった。もっと聞きたかったわねぇ」
名残惜しく呟くと、母さんはテレビを消した。
『にゃにゃ……♪ おはぎ、まだ歌い終わってないよ、へにゃにゃ……♪ ねぇ、おはぎもっと歌うの、だからコッチ視て、カア、おはぎを視、』
矢継ぎ早に自分を視てと言うおはぎ。
気づかない母さんは、よいしょと立ってこう言った。
「あら、もうこんな時間、買い物に行かなくっちゃ」
『へ、へにゃ……! 待って!』
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