第二十二章 霊媒師 岡村英海

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『へにゃ……なんで……?』 フローリング板の上。 スライムみたいに倒れるおはぎは、『へにゃ……? へにゃ……?』と頭にハテナを束で浮かべる。 ああ……そうだよな……こうなっちゃうよな…… 幽霊猫のおはぎの姿は、霊力(ちから)がなければ視る事も、声を聞くのも叶わない。 せっかく実家(ここ)まで来たというのに、おはぎの事を覚えているのかどうなのか、これはもう聞く以前の問題だ。 本当はさ、聞かなくたって答えは決まってるんだ。 父さんも母さんも、そしてもちろん僕もだけど、猫達を忘れるはずがないんだよ。 飼ってしまえば、一緒に暮らせば、あの仔達は全ニャン家族だ。 毎日が楽しくて、毎時間幸せで、世話をするのは大変だけど、その苦労さえも愛しい。 だから本当は、心配なんかしなくていいんだけど……でも、それでも、今のおはぎには必要なんだろな。 ”忘れてないよ”、”大丈夫だよ”、大好きよ” という、明確な愛の言葉が。 「あらー、この芸人さん歌も上手いのねぇ。すごいわぁ」 テレビに夢中な母さんは、芸人さんの意外な特技に感心しきりだ。 それを聞いた小さな猫は、ガバッと飛び起き、 『歌ならおはぎも歌えるにゃ! へにゃにゃにゃ~♪ へにゃぁん♪ にゃにゃにゃにゃーん♪』 一生懸命歌い出す。 正直、なんの歌かは分からないし、あまり上手じゃないかもしれない。 だけど気持ちが溢れてる。 母さんに気づいてほしくて、ここにいるよと伝えたくって、コッチ視て、声を聞いてと必死になって歌ってるんだ。 それなのに……おはぎがどんなに歌っても、大きな声で呼びかけても、母さんはまったく気づかずテレビを見てた。 「やだ、本当に上手いわね。ほれぼれしちゃう」 お菓子を1つ、口に入れた母さんは、テーブルに頬杖をついた。 おはぎも後を追うように、テーブルにピョンと跳ねて飛び乗った。 『にゃにゃにゃーん♪ にゃにゃんにゃー♪ ねぇ、おはぎの歌も聞いて、おはぎも上手だって言って、にゃにゃー♪』 母さんの目の前で、声を大におはぎが歌う。 だが、 「芸人さんのこの声が好きだわぁ」 やっぱりそれに気がつかない。 その様子におはぎの目には焦りが浮かぶもそれでも歌う。 『へにゃふはーん♪ 声が好きなの? そうなの? カア、おはぎの声は? おはぎの声も好き?』 歌の合間におはぎは聞いたが、それに対して返事はない。 「素敵だわぁ、生で聞いてみたいわぁ」 『へにゃにゃーん♪ にゃにゃにゃぁん♪ おはぎの声を聞いたらいいよ、ねぇ聞いて、気づいて、コッチ視て、にゃにゃっにゃーん♪』 歌いながら母さんに手を伸ばす、が、さっきと同じですり抜ける。 おはぎはますます焦り出す、……そして。 「あー、歌い終わっちゃった。もっと聞きたかったわねぇ」 名残惜しく呟くと、母さんはテレビを消した。 『にゃにゃ……♪ おはぎ、まだ歌い終わってないよ、へにゃにゃ……♪ ねぇ、おはぎもっと歌うの、だからコッチ視て、カア、おはぎを視、』 矢継ぎ早に自分を視てと言うおはぎ。 気づかない母さんは、よいしょと立ってこう言った。 「あら、もうこんな時間、買い物に行かなくっちゃ」 『へ、へにゃ……! 待って!』
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