第二十二章 霊媒師 岡村英海

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すたすた歩く母さんの、その足元では小さなおはぎが横につく。 野球選手がフライの球を追うように、視上げて必死に走ってる。 『カア、待って、カア! 行か、ないで、ここに、いて、おはぎの、傍に、いて!』 走りながら喋っているから、声が揺れて切れ切れだ、……って、ああ、途切れる理由はそれだけじゃないか、おはぎ……泣いちゃったよ。 大きな目から涙がボロボロ。 気づいてもらえず悲しくて、寂しくて、焦ってしまって、そういうのが涙になって流れてるんだ。 トートバックに財布を入れて、それを肩に引っ掛けた。 買い物行くって言ってたし、行き先はたぶん近所のスーパーだ。 母さんは、おはぎがいるのも知らないで、出掛けようと間仕切りドアを開けたそこには、 「ほにゃぁん」 生きてる猫のきなこがいたんだ。 茶々丸みたいな茶色ベースのトラ模様。 フワフワ毛皮はツヤツヤで、動きはのんびりオットリ猫だ。 大きなお口であくびをしながら母さんを見上げてる。 「あらぁ、きなちゃんお昼寝終わり? よく寝たわねぇ、いっぱい寝てエライわぁ」 きなこの顔を見た途端、母さんは膝を着いて頭を撫ぜた。 そっと優しく毛並みに沿って、ナデナデナデナデ。 人差し指でピンクのオハナをちょんとして、背中から尻尾の先まで何度も何度もナデナデナデナデ。 されるきなこもまんざらでもなく、気持ちよさげにゴロゴロ喉を鳴らしてる。 母さんは、そんなきなこにメロメロ状態。 愛情がマックスゲージを振り切って、 「あらぁ……あらぁ……ゴロゴロいっちゃって……もう……もう……! きゃー! きなこカワイイ! 天使! 世界イチだわぁ!」 と、やっぱり僕らは親子だな、と思わざるを得ない褒め方をした。 いつもだったら、僕はきっと笑ってしまうと思うんだ。 なにもさ、こんなトコまで似なくても、なんてさ。 だけど今は笑えない、だって……だって、 『………………へにゃ……カア……その子、誰にゃ……?』 おはぎがそれを呆然と視てたから。 「きなこ、いっぱい寝たから喉が渇いたんじゃないの? お水飲もうか。カアが今、新しいの汲んであげる。待ってて」 ほにゃぁん、きなこは嬉しそうに一声鳴いた。 なんで……、 おはぎは消え入りそうな声で言った。 きなこ専用のマグカップ、母さんは古いお水を流しに捨てて、新しいのと取り替える。 「コッチにおいで、お水おいしいよ」 優しい声だ。 ニコニコ笑って愛しげに、茶トラのきなこを呼んでいる。 欲しくて欲しくてたまらない、カアからの優しい言葉は、おはぎをすり抜け全てきなこに向かってて…… 『……カア……おはぎもお水が飲みたいよ……おはぎも喉が乾いたよ……』 おはぎは俯き霊体(からだ)を震わせ声も震わせ耳はペタリと横に倒れて………………駄目だ、辛い、気持ちを思うと泣けてくる。 「たくさんお水飲んでねぇ。よく寝てよく食べてよく飲んで、元気で長生きしてちょうだい。きなこ、大好きよ」 ____大好き、 母さんのこの一言を聞いた瞬間、おはぎはサイレンみたいに泣き出した。 自分だってカアの子なのに、どうして視えないの? どうして声が聞こえないの? どうして? どうして? どうして!? 震える四肢で踏ん張って、泣いて泣いて叫んで叫んで____ ____その時だった。 なんの前触れもなく、突然、 ビキッッッ!!! 地震のような揺れが起きたのだ。
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