2366人が本棚に入れています
本棚に追加
光がおはぎを包んだ時間、それはほんの数十秒だ。
僕から視れば、小さな猫は光に驚き固まって、カチンコチンで立ち尽くしているのだが、父さん達にその姿はまだ視えていない。
両親の目に斑模様が映るようになったのは、光がおさまりもう数秒経ってからの事だった。
……
…………
………………
「………………え、」
コトバにもなっていない、欠片のような短い音が父さん達の喉から漏れた。
2人とも身体を前にのめらせて、その恰好のまま固まっている。
そこから数秒、続く言葉がまだないから、口から出るのは息だけだから、その隙に僕は2人にこう声をかけた。
「父さんも母さんも、今……この仔の姿、視えてるんだよね?」
…………コク、
僅かに顔が上下した。
そうだよね、視えるよね。
三尾の妖力が働いているんだもの、視えて然りだ。
「……あのね、今までウチで起きてた怪現象。大きな音とか足音とかリモコンが落ちるとか、……それはぜんぶこの仔がしてきた事なの、」
言いながら、床の上に目線を移す。
そこには、小さな肩をうんと丸めてソワソワしている仔猫が1匹。
そう、……僕はあえて ”おはぎが、” ではなく ”この仔が、” と説明した。
本当は迷ったんだ。
おはぎのコト、どのタイミングで話せばいいのかなって。
一番話がスムーズなのは、いきなりおはぎを視せるんじゃなく、先に事情説明をする事だ。
順番的にはそれがベストだとは思うんだけど……でも、でもさ……その方法だと、おはぎに不安が残るかなって思ったの。
おはぎはさ、父さん達が自分の事を覚えているのか、今でも忘れず愛しているのか、それが気になり確かめたくて無理をしてでも現世に来たんだ。
なのに僕が先に話してしまえば、”ヒデミが話をしたから思い出したんじゃないか、今までは忘れてたんじゃないか……” と、疑心暗鬼にさせてしまう。
それじゃあ意味がない、心底安心させたいよ。
だからこうした、…………大丈夫、父さんも母さんも覚えてるに決まってる。
こんなに可愛いサビ猫を忘れるなんてあり得ない。
深夜のリビングに沈黙が流れた。
お姫の尻尾を掴んだまんま、父さん達は目を見開いて仔猫を視てる。
視つめられる小さな猫は鳴きかけて、だけど鳴かずにその代わり、ゆっくり、……ゆっくりと瞬きをしはじめた。
パチ……パチ……パチ……
パチ……パチ……パチ……
パチ……パチ……パチ……
おはぎは何度も繰り返す。
自分の事を覚えているのか、今でも忘れず愛しているのか。
それが知りたいはずなのに、一番知りたいはずなのに。
なのに……それより先に、おはぎは自分の気持ちを伝えたのだ。
トウとカアが好き、
生きてた頃からずっとずっと、
今でも一番大好きにゃ、
瞬きに込められた愛情。
それが一気に溢れ出し、父さんと母さんは唇を震わせて____
最初のコメントを投稿しよう!