第二十二章 霊媒師 岡村英海

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光がおはぎを包んだ時間、それはほんの数十秒だ。 僕から視れば、小さな猫は光に驚き固まって、カチンコチンで立ち尽くしているのだが、父さん達にその姿はまだ視えていない。 両親(ふたり)の目に斑模様が映るようになったのは、光がおさまりもう数秒経ってからの事だった。 …… ………… ……………… 「………………え、」 コトバにもなっていない、欠片のような短い音が父さん達の喉から漏れた。 2人とも身体を前にのめらせて、その恰好のまま固まっている。 そこから数秒、続く言葉がまだないから、口から出るのは息だけだから、その隙に僕は2人にこう声をかけた。 「父さんも母さんも、今……この仔の姿、視えてるんだよね?」 …………コク、 僅かに顔が上下した。 そうだよね、視えるよね。 三尾の妖力(ちから)が働いているんだもの、視えて然りだ。 「……あのね、今までウチで起きてた怪現象。大きな音とか足音とかリモコンが落ちるとか、……それはぜんぶこの仔がしてきた事なの、」 言いながら、床の上に目線を移す。 そこには、小さな肩をうんと丸めてソワソワしている仔猫が1匹。 そう、……僕はあえて ”おはぎが、” ではなく ”この仔(・・・)が、” と説明した。 本当は迷ったんだ。 おはぎのコト、どのタイミングで話せばいいのかなって。 一番話がスムーズなのは、いきなりおはぎを視せるんじゃなく、先に事情説明をする事だ。 順番的にはそれがベストだとは思うんだけど……でも、でもさ……その方法だと、おはぎに不安が残るかなって思ったの。 おはぎはさ、父さん達が自分の事を覚えているのか、今でも忘れず愛しているのか、それが気になり確かめたくて無理をしてでも現世に来たんだ。 なのに僕が先に話してしまえば、”ヒデミが話をしたから思い出したんじゃないか、今までは忘れてたんじゃないか……” と、疑心暗鬼にさせてしまう。 それじゃあ意味がない、心底安心させたいよ。 だからこうした、…………大丈夫、父さんも母さんも覚えてるに決まってる。 こんなに可愛いサビ猫を忘れるなんてあり得ない。 深夜のリビングに沈黙が流れた。 お姫の尻尾を掴んだまんま、父さん達は目を見開いて仔猫を視てる。 視つめられる小さな猫は鳴きかけて、だけど鳴かずにその代わり、ゆっくり、……ゆっくりと瞬きをしはじめた。 パチ……パチ……パチ……     パチ……パチ……パチ……         パチ……パチ……パチ…… おはぎは何度も繰り返す。 自分の事を覚えているのか、今でも忘れず愛しているのか。 それが知りたいはずなのに、一番知りたいはずなのに。 なのに……それより先に、おはぎは自分の気持ちを伝えたのだ。 トウとカアが好き、 生きてた頃からずっとずっと、 今でも一番大好きにゃ、 瞬きに込められた愛情。 それが一気に溢れ出し、父さんと母さんは唇を震わせて____
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