2366人が本棚に入れています
本棚に追加
「…………ぁあ、……ぁぁ……ぅ……あぁ、」
コトバにもなっていない、音の欠片が父さん達の口から漏れた。
唇を震わせて、指先も震わせて、みるみるうちに顔を歪ませ瞬く仔猫を食い入るように視つめてる。
視つめる目には確かにおはぎが映り込み、生者と死者を隔てる壁は、確実に取り払われていた。
パチ……パチ……パチ……
おはぎは変わらず瞬きを繰り返していた。
聞きたい事を横に置き、ありったけの好きの気持ちをぶつけてる。
父さん達はそんなおはぎをジッと視て、鼻に深くシワを寄せると、息を大きく吸って吐いて、そしておずおずと……震える手指を斜め下に伸ばしたんだ。
そろりそろりとゆっくりと、だけど途中で止まる事なく手指が下に降りていく。
やがてその手は床に座るサビ猫の、黒くてツヤの鼻の頭に……辿り着いた。
人の指と猫の鼻、これらをこうしてくっつけ合う意味。
それは平和なご挨拶であり、同時、信頼と愛情を伝える行為でもある。
それをされた小さな猫は、目を細めると嬉しそうに『へにゃあ』と鳴いた。
その瞬間。
父さん達は同時にギュッと目を閉じた。
シワが寄るほど強く閉じたその目から、涙が床にボタッと落ちて、落ちた涙は敷かれたラグに吸い込まれて消えていく。
一粒、二粒、三粒、四粒。
立て続けに落とした涙は、乾く間もなく五粒六粒、次々落ちてラグの色を変えていた。
『へ、へにゃあん……!』
トウとカアが泣いてるのを視て、仔猫はすっかり慌ててしまった。
なんとかしなくちゃ、そう思ったのかバネのように立ち上がる。
その姿は虹の国でコンちゃんと遊んでた、”へびごっこ” によく似ていた。
つま先で器用に立って涙の頬を舐めようと、必死になって霊体を伸ばし、実際に触る事は出来ないけれど、それでも仔猫は諦めずに舐め続けていた。
……
…………
サビ猫が頑張れば頑張るほど、2人の涙は止まらなかった。
それどころか一層たくさん流れ出し、嗚咽さえも漏れている。
ああもう……2人とも泣きすぎて目がパンパンだ。
父さん達はその目に子猫をしっかり映し小さな背中に手を添えた。
そして、
「…………おはぎ、」
掠れる声で、仔猫の名前を呼んだのだ。
最初のコメントを投稿しよう!