第二十二章 霊媒師 岡村英海

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「…………ぁあ、……ぁぁ……ぅ……あぁ、」 コトバにもなっていない、音の欠片が父さん達の口から漏れた。 唇を震わせて、指先も震わせて、みるみるうちに顔を歪ませ瞬く仔猫を食い入るように視つめてる。 視つめる目には確かにおはぎが映り込み、生者と死者を隔てる壁は、確実に取り払われていた。 パチ……パチ……パチ…… おはぎは変わらず瞬きを繰り返していた。 聞きたい事を横に置き、ありったけの好きの気持ちをぶつけてる。 父さん達はそんなおはぎをジッと視て、鼻に深くシワを寄せると、息を大きく吸って吐いて、そしておずおずと……震える手指を斜め下に伸ばしたんだ。 そろりそろりとゆっくりと、だけど途中で止まる事なく手指が下に降りていく。 やがてその手は床に座るサビ猫の、黒くてツヤの鼻の頭に……辿り着いた。 人の指と猫の鼻、これらをこうしてくっつけ合う意味。 それは平和なご挨拶であり、同時、信頼と愛情を伝える行為でもある。 それをされた小さな猫は、目を細めると嬉しそうに『へにゃあ』と鳴いた。 その瞬間。 父さん達は同時にギュッと目を閉じた。 シワが寄るほど強く閉じたその目から、涙が床にボタッと落ちて、落ちた涙は敷かれたラグに吸い込まれて消えていく。 一粒、二粒、三粒、四粒。 立て続けに落とした涙は、乾く間もなく五粒六粒、次々落ちてラグの色を変えていた。 『へ、へにゃあん……!』 トウとカアが泣いてるのを視て、仔猫はすっかり慌ててしまった。 なんとかしなくちゃ、そう思ったのかバネのように立ち上がる。 その姿は虹の国でコンちゃんと遊んでた、”へびごっこ” によく似ていた。 つま先で器用に立って涙の頬を舐めようと、必死になって霊体(からだ)を伸ばし、実際に触る事は出来ないけれど、それでも仔猫は諦めずに舐め続けていた。 …… ………… サビ猫が頑張れば頑張るほど、2人の涙は止まらなかった。 それどころか一層たくさん流れ出し、嗚咽さえも漏れている。 ああもう……2人とも泣きすぎて目がパンパンだ。 父さん達はその目に子猫をしっかり映し小さな背中に手を添えた。 そして、 「…………おはぎ、」 掠れる声で、仔猫の名前を呼んだのだ。
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