第六章 霊媒師OJT-2

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◆ 『いいか、ユリ、よく聞け』 ユリちゃんの前にしゃがみこみ目線を合わせたお父さんは、ここ一番の真面目顔でこう続けた。 『爺ちゃんたち、そろそろ向こうに逝かなくちゃならねぇみてぇだ。このままおまえの傍に居てやりてぇんだがよ、どうもそういう訳にはいかねぇらしい。身体がよ、なにか見えねぇ力で全力で引っ張られてる感じがするんだよ。たぶんもう時間がねぇ』 楽しかったケーキパーティーが終わり、春の陽射しが傾いてなにもない部屋の中は蜂蜜を溶かしたような暖色に染まる。 『いいか、ユリ、よく聞け。これからおまえは1人で生きていく事になる。この部屋で1人きりだ。まずな、戸締りに気を付けろ。ここは田舎の一軒家じゃあねぇ。都会のアパートだ。悪い奴らはそこいらじゅうにいっぱいいる。自分の身は自分で守れ。それからな、爺ちゃんが教えた事、爺ちゃんがいなくなってもちゃんと守って練習を続けろ。なにか怖い目に合ったら、相手の事なんざ考えずに迷わず行け。それから___』 お父さんの話にユリちゃんは目に涙をいっぱいに溜めながら、何度も何度も頷いている。 お父さんはまだまだ話したい事がありそうだったが、時間がないのだろう、お母さんと入れ替わった。 『ユリ、ごはんはなるべく自分で造って食べてね。バランスよくなんでもたくさん食べるの。それから風邪を引きそうになったら生姜湯を飲んでお腹と首を温めて早めに眠りなさい。お風呂にもちゃんと入って身体を温めてね。シャワーばかりじゃだめよ……ふふふ、婆ちゃん、最後まで口うるさくてごめんね。だって、ユリに言い残したい事はごはんの事と健康の事だけなんだもの。ユリ、あなたは優しくてとっても良い子。婆ちゃんの自慢の孫。ユリはユリのままでいてくれたら、ほかに望む事はないわ。婆ちゃん、向こうで待ってるから……そうねぇ……80年後くらいにはまた会えるわ。大丈夫、あっという間よ。ユリにはこれから楽しい事がたくさん待ってるんだもの___』 お母さんはそこまで言うと、もうそれ以上話す事ができなかった。 泣いて泣いて、それでも最後は笑顔で別れたいと無理に笑い、その笑顔もまた涙に邪魔をされる。 お母さんは『恥ずかしいわねぇ』と泣き笑いで呟いて、娘の田所さんに順を譲った。
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