第二十三章 霊媒師 水渦の分岐点

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水渦(みうず)さんが飛び出した後、机の上に残されたヒトガタからは、なんとも言えない陰鬱な気が漏れ出していた。 ____恨み辛みに妬み嫉み、 あらゆる負の感情を染み込ませたヒトガタ。 それが小さな箱の中に、百の単位で重なっているのだ。 このままにしておけば、僕や先代はともかくユリちゃんが瘴気にあてられてしまう。 なので僕は、エイヤッ! の気合いで机に近付き蓋を閉め、封印用のシールを貼った。 これでよし、あとは少し時間が経てば、漏れた瘴気は自然浄化で消えるはずだ、…………と胸を撫で下ろしたこの時、僕はかすかな違和感を感じたんだ。 滴るほどに負の感情を含ませたヒトガタ、なんだけど……これ、前に使った時はもっと強烈な瘴気を感じたんだよね。 精神的には嫌悪感、拒否感、不快感。 肉体的には動悸、息切れ、眩暈に吐き気。 耐えられない程ではないけれど、心身共に不調が即時に出たんだよ。 なのに今日はそこまでじゃあなかった。 確かに嫌な感じはするけど、水渦(みうず)さんの “負の感情” にしてはパワー不足というか……って、ああそうか、チャージが途中で中断されて、フル満タンではないのかもしれない。 そんな事を考えながら箱をすみに追いやると、 「わ、私、ちょっと行ってきます!」 ユリちゃんが慌てた様子で事務所を出て行き、男2人、僕と先代が残された。 なんとなくの沈黙……の後、僕から先に声をかけてみる。 「………………先代、」 『ん?』 「さっきの、ド直球すぎやしませんか?」 『そうかな』 「そうですよ。僕もね、聞こうと思ってたの。”僕、何か気に障るコトしましたか?” って。でもタイミングを計ってたんです。だって水渦(みうず)さん、ヒトガタに負の感情チャージ中だったから、それが終わってからさり気なーく聞こうかなぁって」 『あらやだ、そうだったの?』 「そうですよぉ。なのにさり気なくもなんともない、ド直球なんだもん。僕、ハラハラしちゃいました」 『あらやだ……ハラハラしたのはそこだけ?』 「そうですよ。あ、そういや先代、さっきヘンなコト言ってましたよね。 ”照れ隠し?” とかなんとか。それってどういう意味なんです?」 『あらやだ……分からないの?』 「ん? 分かりませんけど?」 『ホントに?』 「ホントに、」 『えぇ……?』 「え?」 『えぇぇぇぇぇ!?』 「なにぃぃぃぃ!?」 バンザイポーズで驚く先代。 釣られて僕もバンザイポーズ。 男2人で向かい合い、互いにバンザイしているこの図は、レッサーパンダの威嚇みたいだ。★ ぼ、僕達は一体何をしてるんだ? てかなんの話をしてたんだっけ……と首を傾げたその時、 ガチャリ、 事務所のドアが再び開いて、そこには水渦(みうず)さんとユリちゃんが立っていた。 そして、 「……先代、岡村さん。2人共、何をしてるんですか?」 無言の水渦(みうず)さんのその隣、ユリちゃんが不思議な顔でそう聞いたのだ。 ★レッサーパンダが威嚇をする時、後ろ足で立ち上がってバンザイポーズをするらしいです。
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