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水渦さんが飛び出した後、机の上に残されたヒトガタからは、なんとも言えない陰鬱な気が漏れ出していた。
____恨み辛みに妬み嫉み、
あらゆる負の感情を染み込ませたヒトガタ。
それが小さな箱の中に、百の単位で重なっているのだ。
このままにしておけば、僕や先代はともかくユリちゃんが瘴気にあてられてしまう。
なので僕は、エイヤッ! の気合いで机に近付き蓋を閉め、封印用のシールを貼った。
これでよし、あとは少し時間が経てば、漏れた瘴気は自然浄化で消えるはずだ、…………と胸を撫で下ろしたこの時、僕はかすかな違和感を感じたんだ。
滴るほどに負の感情を含ませたヒトガタ、なんだけど……これ、前に使った時はもっと強烈な瘴気を感じたんだよね。
精神的には嫌悪感、拒否感、不快感。
肉体的には動悸、息切れ、眩暈に吐き気。
耐えられない程ではないけれど、心身共に不調が即時に出たんだよ。
なのに今日はそこまでじゃあなかった。
確かに嫌な感じはするけど、水渦さんの “負の感情” にしてはパワー不足というか……って、ああそうか、チャージが途中で中断されて、フル満タンではないのかもしれない。
そんな事を考えながら箱をすみに追いやると、
「わ、私、ちょっと行ってきます!」
ユリちゃんが慌てた様子で事務所を出て行き、男2人、僕と先代が残された。
なんとなくの沈黙……の後、僕から先に声をかけてみる。
「………………先代、」
『ん?』
「さっきの、ド直球すぎやしませんか?」
『そうかな』
「そうですよ。僕もね、聞こうと思ってたの。”僕、何か気に障るコトしましたか?” って。でもタイミングを計ってたんです。だって水渦さん、ヒトガタに負の感情チャージ中だったから、それが終わってからさり気なーく聞こうかなぁって」
『あらやだ、そうだったの?』
「そうですよぉ。なのにさり気なくもなんともない、ド直球なんだもん。僕、ハラハラしちゃいました」
『あらやだ……ハラハラしたのはそこだけ?』
「そうですよ。あ、そういや先代、さっきヘンなコト言ってましたよね。 ”照れ隠し?” とかなんとか。それってどういう意味なんです?」
『あらやだ……分からないの?』
「ん? 分かりませんけど?」
『ホントに?』
「ホントに、」
『えぇ……?』
「え?」
『えぇぇぇぇぇ!?』
「なにぃぃぃぃ!?」
バンザイポーズで驚く先代。
釣られて僕もバンザイポーズ。
男2人で向かい合い、互いにバンザイしているこの図は、レッサーパンダの威嚇みたいだ。★
ぼ、僕達は一体何をしてるんだ?
てかなんの話をしてたんだっけ……と首を傾げたその時、
ガチャリ、
事務所のドアが再び開いて、そこには水渦さんとユリちゃんが立っていた。
そして、
「……先代、岡村さん。2人共、何をしてるんですか?」
無言の水渦さんのその隣、ユリちゃんが不思議な顔でそう聞いたのだ。
★レッサーパンダが威嚇をする時、後ろ足で立ち上がってバンザイポーズをするらしいです。
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