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「先程は大変失礼致しました」
水渦さんは淡々と頭を下げた。
続けて、さっき急に出ていったのは、更衣室まで忘れ物を取りに行ったと話してくれたが、手には何も持っていない。
たぶん……嘘なのだろうな、忘れ物というのは。
だが本人はそれで話を終わりにしたし、ユリちゃんも黙ったままだ。
若干空気が重た目で、女性陣の “なにも聞いてくれるな感” がハンパない。
事情が僕には分からないけど、たぶんコレ、突っ込んじゃいけないヤツだ。
気にはなるけど無理に聞いても仕方がないし、そういう事はしたくない。
微妙な空気が流れる中、始業を知らせるチャイムが鳴った。
それと同時に水渦さんが書類を取り出し、ユリちゃんに精算業務を依頼する。
依頼されたユリちゃんは、席に座るとテキパキと処理を始めて、事務所の中はキーを叩く小さな音だけが聞こえていた。
……
…………
で、僕はというと。
自分の席で報告書と交通費精算の書類を書いていた。
むぅ……水渦さんは家で書いてきたと言ってたよな。
僕もそうした方が良かったのだろうか……で、でもな、そんなコト言われてないし、キーマンさんも弥生さんも、他のみんなも会社に来てから作成してる。
だから僕もそれで良いと思ってたんだ。
や……もしかして、普段はそれでOKだけど、繁忙期の夏の間は時短の為に書いてくるのが常識です! とか……言っちゃう?
だとしたら、僕だけのんびり会社で書くってあり得ない。
ああもう、繁忙期が初めてだから、そーゆーの分かんなーい!
…………ハッ!
もしかして、水渦さんが僕を無視をするのは、こういうのが原因なのかな?
”繁忙期だろ、空気読めっ!” ってコト?
ん……可能性はある。
そんなコトを考え出したら作業がちっとも進まない。
独り相撲でグダグダやっても解決には至らない。
だったら、直でそれを聞いてみたらどうだろう?
どっちにしたって無視の理由を聞く気でいたんだ。
このあと彼女は次の現場に行くって言うし、聞くなら今しかないのでは?
自分の席から水渦さんをチラリと見ると、パソコン画面を凝視中、多分メールを見てるんだ。
前に言ってた、出社したら周知文書を必ず読むって。
水渦さんは仕事に対して真面目なんだよな。
色々難はある人だけど、こういう所は見習うべきだ。
そうだよ、先代も言ってくれたじゃないか。
僕はもう新人じゃない。
分からない事を分からないままにしちゃ駄目だ。
繁忙期のルールとか、分からなければすぐ聞いて、みんなと歩幅を合わせてさ、足を引っ張らないようにしなくっちゃ!
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