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篠原様のお宅に着いた。
通されたのは純和室。
床には畳が敷き詰められて、掃き出し窓には飴色に使い込まれた簾がかかる。
床の間には作者が誰かは分からないけど、薄い墨絵が掛けられて、一輪挿しにはトルコキキョウが飾ってあった。
「どうぞ、お座りになってください」
そう勧めてくださったのは篠原修二様だ。
小柄で細身、七三分けの白髪の髪は猫の毛みたいに柔らかそう。
紺色のスラックス、ベージュ色の半袖シャツ、急な訪問にも関わらずきちんとした格好だ。
今はもう退職されて家にいると聞いてるが、だからと言ってたるむ事なく、規則正しい生活をされてるようだった。
”失礼します” と頭を下げつつ座らせていただいた。
流れる木目が美しい、一枚板の大きな座卓。
その座卓のあちら側に篠原様が、こちら側に僕達が、それぞれの目の前に奥様が熱いお茶を置いていく。
すべてのお茶が揃ったところで、ツーマンセルのリーダーである水渦さんが口を開いた。
「改めまして篠原様、この度は弊社をご利用頂きましてありがとうございます。ご予約から本日のご訪問まで、長らくお時間を頂いた事、深くお詫び申し上げます」
背筋を伸ばしきっちりと頭を下げる水渦さん。
それに対して篠原様は、
「いいんですよ、あやまらないでください。申し込みをした時に訪問までに時間がかかる事は聞いています。今は夏でお忙しいのでしょう? 来てくれただけでもありがたいですよ」
と気遣ってくださった。
隣に座る奥様も同様で、手を合わせて ”うんうん” と頷いている。
うわぁ……そんな風に言ってくださるなんて僕らの方がありがたいよ。
結構お待たせしているはずなんだ。
依頼件数と霊媒師の数が合ってないから、休む間もなく伺ったって、それでも数日から数週間はお待たせしてるというのに。
「ありがとうございます。今回篠原様を担当致しますのは、私___小野坂と、こちら岡村となります。お待ち頂いている間もご不安だったと存じます。そのご不安を取り除くべく、私共は全力で取り組む所存でございますので、どうぞご安心ください。それでは早速ではございますが、怪現象について幾つかお伺いさせて頂きます。まず一つ目は……」
水渦さんがヒアリングを開始した。
申し込み時に一通りは聞いてるけど、今回みたいに訪問までに時間がかかっている場合、依頼者が後から何かを思い出す事もある。
そういえばあんな事があった、こんな事もあった……と、些細な事でもそれは大事な情報だ。
もしかしたら、それが現場で役に立つかもしれないのだ。
聞いた話は申し込みの内容とほとんど同じだった。
追加の情報はなく、だがしかし、少し気になる事を話してくださった。
それは、ご就寝時に半透明の人のようなモノに首を絞められた時の話なのだが、首の絞め方がおかしかったとの仰るのだ。
「……そうなんです。普通はこう……両手で首を押さえつけるように絞めますよね。それが……何て言ったらいいんだろう? ギューッと押さえるんじゃなく、小刻みなんです。……グッグッグッグッって……ああ、そうだ。心臓マッサージに似てるかな。馬乗りに乗っかって、両手でグッグッグッグッって、力を込めたり緩めたりの繰り返しです」
心臓マッサージに似てる?
ふぅん……そうなんだ……それってなんだろ、なにか意味のある事なのかな……それとも深い意味はないのかな……頭に疑問を浮かべつつ、水渦さんを盗み見る、……と、なにやら大きく頷いている。
もしかして、有益な情報なのだろうか。
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