第二十三章 霊媒師 水渦の分岐点

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◆ 篠原様のお宅に着いた。 通されたのは純和室。 床には畳が敷き詰められて、掃き出し窓には飴色に使い込まれた簾がかかる。 床の間には作者が誰かは分からないけど、薄い墨絵が掛けられて、一輪挿しにはトルコキキョウが飾ってあった。 「どうぞ、お座りになってください」 そう勧めてくださったのは篠原修二様だ。 小柄で細身、七三分けの白髪の髪は猫の毛みたいに柔らかそう。 紺色のスラックス、ベージュ色の半袖シャツ、急な訪問にも関わらずきちんとした格好だ。 今はもう退職されて家にいると聞いてるが、だからと言ってたるむ事なく、規則正しい生活をされてるようだった。 ”失礼します” と頭を下げつつ座らせていただいた。 流れる木目が美しい、一枚板の大きな座卓。 その座卓のあちら側に篠原様が、こちら側に僕達が、それぞれの目の前に奥様が熱いお茶を置いていく。 すべてのお茶が揃ったところで、ツーマンセルのリーダーである水渦(みうず)さんが口を開いた。 「改めまして篠原様、この度は弊社をご利用頂きましてありがとうございます。ご予約から本日のご訪問まで、長らくお時間を頂いた事、深くお詫び申し上げます」 背筋を伸ばしきっちりと頭を下げる水渦(みうず)さん。 それに対して篠原様は、 「いいんですよ、あやまらないでください。申し込みをした時に訪問までに時間がかかる事は聞いています。今は夏でお忙しいのでしょう? 来てくれただけでもありがたいですよ」 と気遣ってくださった。 隣に座る奥様も同様で、手を合わせて ”うんうん” と頷いている。 うわぁ……そんな風に言ってくださるなんて僕らの方がありがたいよ。 結構お待たせしているはずなんだ。 依頼件数と霊媒師の数が合ってないから、休む間もなく伺ったって、それでも数日から数週間はお待たせしてるというのに。 「ありがとうございます。今回篠原様を担当致しますのは、私___小野坂と、こちら岡村となります。お待ち頂いている間もご不安だったと存じます。そのご不安を取り除くべく、私共は全力で取り組む所存でございますので、どうぞご安心ください。それでは早速ではございますが、怪現象について幾つかお伺いさせて頂きます。まず一つ目は……」 水渦(みうず)さんがヒアリングを開始した。 申し込み時に一通りは聞いてるけど、今回みたいに訪問までに時間がかかっている場合、依頼者が後から何かを思い出す事もある。 そういえばあんな事があった、こんな事もあった……と、些細な事でもそれは大事な情報だ。 もしかしたら、それが現場で役に立つかもしれないのだ。 聞いた話は申し込みの内容とほとんど同じだった。 追加の情報はなく、だがしかし、少し気になる事を話してくださった。 それは、ご就寝時に半透明の人のようなモノ(・・・・・・・)に首を絞められた時の話なのだが、首の絞め方がおかしかったとの仰るのだ。 「……そうなんです。普通はこう……両手で首を押さえつけるように絞めますよね。それが……何て言ったらいいんだろう? ギューッと押さえるんじゃなく、小刻みなんです。……グッグッグッグッって……ああ、そうだ。心臓マッサージに似てるかな。馬乗りに乗っかって、両手でグッグッグッグッって、力を込めたり緩めたりの繰り返しです」 心臓マッサージに似てる? ふぅん……そうなんだ……それってなんだろ、なにか意味のある事なのかな……それとも深い意味はないのかな……頭に疑問を浮かべつつ、水渦(みうず)さんを盗み見る、……と、なにやら大きく頷いている。 もしかして、有益な情報なのだろうか。
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