2366人が本棚に入れています
本棚に追加
掃き出し窓の向こう側。
室内にいるであろうその男は、瞬きすらせずこちらを視てる。
一体いつからだ……?
いつからそこにいたんだ……?
気配をまったく感じなかった。
不意に気がつき目が合って、途端……僕は全身粟立った。
あれは……生者じゃないよ。
放電をするまでもない、命のない異形の霊だ。
男の顔は深海魚を思わせた。
視開く両目はギョロリとしてて、眼球が、落ちそうな程に飛び出てる。
その眼球も生者ではあり得ない。
白目と黒目、その2色が反転し、黒色の眼球に黄ばんだ白い小さな瞳が左右に細かく揺れている。
鼻は無く、目のすぐ下に耳まで裂ける大きな口が、緩い弧を描いていた。
「…………水渦さん、悪霊が……さっそく姿を現しました。……後ろを視てもらえますか? 窓の所に一体、異形がいます」
目線は異形に固定したまま水渦さんにそう言うと、彼女は黙って後ろを向いた、……が、反応がない。
異形の姿は視えてるはずだ、なのに彼女は驚くでもなく淡々と、目線を窓に投げ続け…………その数十秒後。
今度は僕に振り返り、
「岡村さん、篠原様から預かっている鍵を用意してください。中に入りましょう」
それだけ言うと、さっさと前に歩き出す。
え、ちょっと待って、いきなり?
行くのは良いよ、それが仕事だもの。
だけどさ、そうじゃなくて、
「待ってください! 入る前に打ち合わせというか、中でお互いどう動くかを話しませんか? 簡単で良いんだ、神奈川の現場でも話したじゃないですか。行きの車でジャッキーさんが、”こういう流れで行きましょう” って話してくれて、僕達もそういうの、」
大股で後を追い、横に並んで訴えた。
水渦さんは、すぐに返事はしなくって、代わり、長いため息をついた後、ピタリと止まって僕を見上げて、そして、
「話なら先程したと記憶しますが、岡村さんはお忘れですか? ”今回、岡村さんに如何なる事があったとしても、私は一切助けません。私の事も助けて頂かなくて結構です” と、言いましたよね。これで行間読めませんか? はっきり言わないと理解出来ませんか? 早い話が現場ではお互い別に動きましょうという事です」
能面顔でそう言ったんだ。
ああ……嘘だろ……この人と話していると消耗する。
気持がどんどん落ちていく。
「さっき……そう言ってましたよね。ちゃんと覚えてますよ。ただ……これは仕事だし、本気で言ってるとは思わなかったんだ。……ねぇ、水渦さん。僕達はツーマンセルです。篠原様のご依頼を2人で完遂する為にやって来たんだ。……まだ窓の所に立っているけど、あんな異形が中に何体もいるとしたら、別行動より協力し合った方が良いに決まってるじゃないですか。それとも、わざと失敗するつもりですか? 悪霊を祓えなかったら篠原様はどうなるか、そんな事を言ってましたよね?」
最初のコメントを投稿しよう!