第二十三章 霊媒師 水渦の分岐点

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藤崎さんは、ごくごく小さく息を吐き、 『今の時代、転職なんて珍しくもないんだろう? でもね、私達の時代は違った。倒産でもしないかぎり、1つの会社で定年まで働くのが当たり前と言われてね、もちろん私もそう思ってた。だから、仕事をしていて辛い事、悲しい事、納得のいかない事……そういうのがあったって、愛しい母ちゃんと可愛い可愛い子供の為に、”なにくそ! 負けるかコンナロー!” って頑張ってきたの』 こう、俯き気味に言ったんだ。 並んで座る他の4人も同じように俯いて、膝の上で拳を作ってすり合わせてる。 様子が変だ、……それに、全部過去形だし。 過去形は単純に生前の話だからだろうか……? はぁ……と小さくため息ひとつ。 そんな藤崎さんに続き、中沢さんも話し出す。 『そう、すごく頑張ったんだ。残業は当たり前、休日出勤はしょっちゅう。家族の約束を何度すっぽかした事か。でも奥さんは責めなかったよ。「お父さんのおかげで生活が出来るの」って感謝してくれた。それが嬉しくてねぇ。家族に良い暮らしをさせるんだって、シャカリキで働いたんだ』 さらに続けて庄司さんも、 『俺は生涯独身で、養う家族は年を取った犬だけだった。だからゴローの為に頑張ったんだ、……あぁ……違うな、それだけじゃない、自分の為でもあったかな。会社に行けばみんなに会える、笑い合って、たまに飲みに行ったりしてさ。会社は私にとって居場所だったのよ(・・・・・・・・)』 そしてさらに中島さんも、 『”飲みにケーション” ってヤツだよね。月曜から一週間頑張って、花金はイケイケゴーゴー! アレがあったから次の週も頑張れたんだ』 伊藤さんも、 『みんなで釣り旅行も行ったじゃない! 海釣りで旅館に泊って、夜は温泉入って熱燗飲んで、会社の愚痴を言い合って。でも最後は決まって「定年まで頑張ろう!」……って、そう励まし合ったんだよね、』 ____5人は次々、昔の話を口にした。 聞いた感じ、当時はきっと仕事に明け暮れ、たまの旅行や飲み会が楽しくて、家族やワンコを養うために頑張ったのだと、活気ある生前が想像出来た。 良い人生だったと……言えるんじゃないだろうか。 終身雇用が当たり前、そういう時代もあった事は知識として知っている。 今の時代じゃ夢のようなお話だ。 かく言う僕も転職組だし。 彼らはみんな定年まで働いて、その後に亡くなったのだろうか? その答えは、このあとに口を開いた藤崎さんが教えてくれた。 彼は握った拳に力を入れて、自身の膝を何度か叩くと顔を上げ、悔しそうにこう言ったんだ。
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