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当然僕は、水渦さんに説教されると思ってた。
道は呼べない、聞いた話は忘れちゃう、……こんなん、水渦さんでなくたって、説教コースは確定だ。
それなのに、
「忘れてしまいましたか。まぁ、初めは仕方ないですよ、この仕事は思った以上に覚える事がありますから」
怒るでも呆れるでもなく、こう言ってくれたんだ。
正直……驚いた。
絶対にお説教だと予想したのに。
「…………あの、ありがとうございます。そう言ってもらえると救われます。だけどそれに甘えないよう、これからちゃんと覚えますからね」
うん、本当に覚えなくっちゃ。
いつまでも新人ではいられないのだ。
ソロの現場も増えるだろうし、いつかこの先、僕にも後輩が出来るかもしれない。
その時は、僕がみんなに助けてもらったみたいにさ、後輩を助けてあげたいじゃない。
「精々頑張ってください。今はまだ駆け出しで、得た知識は頭の中で点となり散らばっているのだと思います。これから更に知識が増えれば点同士が繋がるはずです。そうなればしめたもの。基礎知識が出来上がり、新たな知識も簡単には忘れません。なぜなら、基礎知識と関連付けて覚える事が出来るからです」
水渦さんは淡々としながらも、すこぶる真面目に教えてくれた。
「関連付けて記憶する、……か。そうですよね。その方が頭に残りますよね。頑張ります。なるべく早く覚えて一人前になるんだ。それで、次に水渦さんと組む時は、僕が道を呼びますからね、」
言った後、あ……って思った。
忘れてたけど(またかい)、水渦さんは朝からずっと、僕と組むのは今日で最後と言ってたの。
あの言い方はガチだった。
それなのに、ワザとじゃないけど “次回” の話をしちゃった僕に……
「言いましたね? それでは次回、私は絶対に道を呼びませんから。貴方1人で呼んでもらいます」
こう言ったんだ。
それって、次回もあるってコト……だよね?
なんだろう、どういう風の吹き回し?
分からないけど、でもいいや。
余計なコトは言わないで、このままにしておこうっと。
……
…………
それにしても……水渦さん、ゴキゲンだな。
チョー笑顔ー!
とはいかないけれど、でも分かるよ。
だって、だってさ。
夏の夜の湿った空気に溶け込んで、さっきから、ジャスミンの香りがしてるんだ。
庭は外で、ティーセットもなんにもない。
それでも漂うこの香り。
これは水渦さんの……感情の匂いだ。
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