第二十三章 霊媒師 水渦の分岐点

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間違いない、確かにジャスミンの香りがする。 この香りがする時は、水渦(みうず)さんの機嫌の良い時だ。 なぜだか、彼女に限って感情が匂いに変換されるんだ。 とは言っても、会ってる間ずっとじゃない。 おそらくだけど、感情が特別強くなった時。 そういう時に香ってくるの。 「なんですか……? 私の顔、なんかついてます?」 訝し気な表情で、こちらを見ている水渦(みうず)さん。 言われた僕はちょっぴり慌てて、 「な、なんにも、」 とごまかした。 匂いの件は、すこぶる言いにくい。 だってさ、 いやー!  実は僕、水渦(みうず)さん限定で感情が読めるんです!  どうやって読むかって?  それはね、アナタから漂ってくる匂いの種類で分かるんだ! ゴキゲンな時はジャスミンで、フキゲンな時は腐敗臭なの! って、こんなコト女性に言える? ムリ……控え目に言って無理。 本当の事ではあるけれど、下手したら(しなくても)変態扱いされちゃうよ。 なもんで、 「いや、なんとなくだけど、水渦(みうず)さんキゲンが良さそうだなぁって」 あくまでも ”なんとなく” を全面押しで言ってみた。 すると、 「はぁ? 何を言うかと思えば……私、機嫌など良くありませんが、」 キッ!  と僕を睨みつけ、吐き捨てるように言ったけど……ウソばっかし。 今だってめちゃジャスミン、めちゃ爽やか、めちゃ良い匂いしちゃってますけど。 「そうですか、じゃあ機嫌が悪いんだ。ふーん」 ウソだって分かってるけど、それを言ったら “根拠はなんだ” と突っ込まれるから棒読みで答えると…… 「別に……機嫌が悪い訳ではありません。霊達(かれら)を黄泉に送り出し、仕事は8割完了です。篠原様への報告は、時間も遅いし明日にすれば良いでしょう。区切りのついた解放感、気分は悪くありませんよ」 静かな声でこう言った。 もう、素直じゃないなぁ。 でも仕方がない。 おへそ曲がりは彼女の仕様でコレが通常運転だ。 ”ふん” とかすかに鼻を鳴らして、水渦(みうず)さんは再び空に目線を向けた。 僕も隣でおんなじように空を見る。 ああ……綺麗だなぁ。 東京から高速乗って数時間。 それっぽっちの距離なのに、夜空はまるで絵画みたいに美しい。 僕らはしばし、綺麗な空を黙って眺めていたのだが、ここでふと、水渦(みうず)さんがポツリポツリと、自分から話をしてくれたんだ。
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