2369人が本棚に入れています
本棚に追加
「ここの現場、もっと時間がかかるかと思ってました、」
星空を眺めたままの、水渦さんがそう言った。
「ですね。深夜にはなっちゃったけど、当日中に完結出来た。これも水渦さんが道を呼んでくれたおかげです。あと、みんなが善霊だったからだな。……ぷっ! 思い出すと笑っちゃうよ、昭和ードすごかった! なんでしたっけ? ”バイナラ” とか ”だいじょうV” とか!」
ホントにおかしかった。
みんなして昭和のノリで、だけどアレが場の空気を和ましたんだよな。
水渦さんも、言葉はちょこちょこキツかったけど、最終的には霊達のペースに巻き込まれてた。
「変な霊達でした。何がそんなに楽しいのかと呆れるくらい」
「確かにね。でも明るくて良いんじゃないですか?」
「ウルサイだけですよ。……でも、こういう現場は珍しいです、」
「……? 珍しいって? 昭和のノリ? それとも魚ったフェイス?」
「いえ、そうではありません。昭和を生きた霊も、魚に限らず異形の霊も、これまでたくさん視てきました。そうではなく……私、この現場では1度も怒声を上げてません。それに霊矢も撃っていない、」
最後の方は声もだんだん小さくなって、水渦さんに若干の当惑が見えた。
そして思う、そうか……この人、現場でいつも怒っていたのだな……と。
神奈川の現場、ジャッキーさんと水渦さんとのスリーマンセル、あの時も怒鳴ったりはしなかったけど、霊矢は撃った。
躊躇いもなく、撃ったんだ。
「どうして……この現場ではそうならなかったの?」
聞いても……良いかな?
ん……良いよね?
「どうしてでしょう、……よく分かりませんが、ひとつだけ言えるのは、終始ペースを乱されました。岡村さんにも、霊達にも」
「僕も? や……なんかすみません。そんなつもりは無かったんだけど……ああでも、道を呼んでほしいとか色々言っちゃいましたもんね。霊達の方は……あはは、それは分かる気がする。独自なノリだったから」
僕もぶっちゃけペースが乱れた。
でもね、イヤじゃなかったよ。
あのノリと打たれ強さ、話してて楽しいと思った。
水渦さんはどうだろう?
楽しいと、少しくらいは思ったかな。
「独自……まあ、そうですよね。ですが独自という点では、鍵さんの方が更に上をいきます」
「た、確かに……! キーマンさんは依頼者応対でも、あのままだからな。ガチの猛者だよね」
僕がそう言うと、水渦さんは口を歪ませ笑ってみせた。
ぎこちない笑顔が数秒。
その後すぐに真顔になって、躊躇うようにボソボソと、こんな事を言い出した。
「あの霊達は相当な年寄りで、話す言葉も古くさかった。おまけに早とちりです。恨む相手を間違えるなど、間抜けにも程があります。ですが……老いた爺だからでしょうか、…………私の容姿を褒めました、」
…………水渦さんは、たとえるなら苦虫を口いっぱいに含んだような、噛むにも多すぎて咀嚼も出来ないような、そんな顔をしていた。
一般的な女性なら、容姿を褒められたら嬉しいと思うはず。
水渦さんは……どうなのだろう?
自分の事を ”醜女” と呼ぶ程、コンプレックスを持っているのだ。
僕は何て言って良いのか分からずに、だから黙って言葉の続きを待ったのだが、彼女はそれを勘違いしてしまい……
「も、もちろん、真に受けてなどいません……! 私を褒めた時、霊達はまだ異形のままの姿でした。魚眼の歪んだ視界の中で、美醜の判断などつくはずもない、………………そうです、ちゃんと視えていないからこそ出た言葉です。それは理解をしています。ただ……少しだけ気持ちが楽でした。いつもいつも感じる視線、……私の容姿に対する蔑みの視線、それが無かったから」
最初のコメントを投稿しよう!