第二十三章 霊媒師 水渦の分岐点

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「ここの現場、もっと時間がかかるかと思ってました、」 星空を眺めたままの、水渦(みうず)さんがそう言った。 「ですね。深夜にはなっちゃったけど、当日中に完結出来た。これも水渦(みうず)さんが道を呼んでくれたおかげです。あと、みんなが善霊だったからだな。……ぷっ! 思い出すと笑っちゃうよ、昭和ードすごかった! なんでしたっけ? ”バイナラ” とか ”だいじょうV(ブイ)” とか!」 ホントにおかしかった。 みんなして昭和のノリで、だけどアレが場の空気を和ましたんだよな。 水渦(みうず)さんも、言葉はちょこちょこキツかったけど、最終的には霊達(かれら)のペースに巻き込まれてた。 「変な霊達(ひとたち)でした。何がそんなに楽しいのかと呆れるくらい」 「確かにね。でも明るくて良いんじゃないですか?」 「ウルサイだけですよ。……でも、こういう現場は珍しいです、」 「……? 珍しいって? 昭和のノリ? それとも(うお)ったフェイス?」 「いえ、そうではありません。昭和を生きた霊も、魚に限らず異形の霊も、これまでたくさん視てきました。そうではなく……私、この現場では1度も怒声を上げてません。それに霊矢も撃っていない、」 最後の方は声もだんだん小さくなって、水渦(みうず)さんに若干の当惑が見えた。 そして思う、そうか……この人、現場でいつも怒っていたのだな……と。 神奈川の現場、ジャッキーさんと水渦(みうず)さんとのスリーマンセル、あの時も怒鳴ったりはしなかったけど、霊矢は撃った。 躊躇いもなく、撃ったんだ。 「どうして……この現場ではそうならなかったの?」 聞いても……良いかな?  ん……良いよね? 「どうしてでしょう、……よく分かりませんが、ひとつだけ言えるのは、終始ペースを乱されました。岡村さんにも、霊達(かれら)にも」 「僕も? や……なんかすみません。そんなつもりは無かったんだけど……ああでも、道を呼んでほしいとか色々言っちゃいましたもんね。霊達(かれら)の方は……あはは、それは分かる気がする。独自なノリだったから」 僕もぶっちゃけペースが乱れた。 でもね、イヤじゃなかったよ。 あのノリと打たれ強さ、話してて楽しいと思った。 水渦(みうず)さんはどうだろう? 楽しいと、少しくらいは思ったかな。 「独自……まあ、そうですよね。ですが独自という点では、鍵さんの方が更に上をいきます」 「た、確かに……! キーマンさんは依頼者応対でも、あのままだからな。ガチの猛者だよね」 僕がそう言うと、水渦(みうず)さんは口を歪ませ笑ってみせた。 ぎこちない笑顔が数秒。 その後すぐに真顔になって、躊躇うようにボソボソと、こんな事を言い出した。 「あの霊達(ひとたち)は相当な年寄りで、話す言葉も古くさかった。おまけに早とちりです。恨む相手を間違えるなど、間抜けにも程があります。ですが……老いた爺だからでしょうか、…………私の容姿を褒めました、」 …………水渦(みうず)さんは、たとえるなら苦虫を口いっぱいに含んだような、噛むにも多すぎて咀嚼も出来ないような、そんな顔をしていた。 一般的な女性なら、容姿を褒められたら嬉しいと思うはず。 水渦(みうず)さんは……どうなのだろう? 自分の事を ”醜女(しこめ)” と呼ぶ程、コンプレックスを持っているのだ。 僕は何て言って良いのか分からずに、だから黙って言葉の続きを待ったのだが、彼女はそれを勘違いしてしまい…… 「も、もちろん、真に受けてなどいません……! 私を褒めた時、霊達(かれら)はまだ異形のままの姿でした。魚眼の歪んだ視界の中で、美醜の判断などつくはずもない、………………そうです、ちゃんと視えていない(・・・・・・)からこそ出た言葉です。それは理解をしています。ただ……少しだけ気持ちが楽でした。いつもいつも感じる視線、……私の容姿に対する蔑みの視線、それが無かったから」
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