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◆
慌ただしく会社を後に。
僕と水渦さん……それと、ユリちゃんと事務所で仲良く遊んでた、お姫も一緒に駅に向かって歩き出す。
この時間、街は人が溢れていた。
会社が終わり家に帰る人、これから飲みに行く人、食事に行く人、デートをする人……どこを向いても人ばっかりだ。
雑踏の中の水渦さんは、俯きながらも器用に人を避けていた。
僕は途中、肩に飛び乗るお姫を撫ぜて、それから彼女にこう言ったんだ。
「先にどこかで食事をしない?」
「食事……ですか、……申し訳ありません。今は私……食欲がなくて食べられそうにありません。それで……岡村さん、……姉の居場所なんですけど……分かったのでしょうか……? 急に私に有給を取れだなんて……つまりそれは、」
水渦さんはモゴモゴと、不安な顔で、か細い声で、僕を見上げて聞いてきた。
そうだよね、気になるよね。
ごめんね、これだけは先に言えば良かったよ。
「うん、お姉さまが今どこで何をしてるか、ぜんぶ分かったよ」
言った答えに彼女の足は一瞬止まり、途端、通行人にぶつかった。
「ほら、危ない」
咄嗟に手を取りこちらに寄せると、普段の強気はどこへ行ったか、「……ません」と小さくあやまり俯いた。
まるで迷子の子供だな……頼りなくて不安気で、オドオドさえしてるんだ。
でも……無理もないか。
お姉さまの居所が分かった、そう言われたら動揺するのは然りだもの。
しかしどうするか。
ちゃんとゴハンを食べさせたいけど、今の様子じゃとてもじゃないけど食事は無理だ、……どうしよう…………ん……ん…………まぁ、いいか。
一食くらい抜いたところで死ぬ事はないだろう。
ダイジョウブ、クッキーも持ってるし、どこに行ってもコンビニあるし。
それにさ、いざとなったらさ、お姉さまがきっとなんとかしてくれる。
「よし、食事は後だ。アナタの食欲が戻ってから、その時一緒に食べればいいよ。じゃあ行こう、お姉さまの所へ。T市から電車で1時間もあれば行けるから」
水渦さんの手を引っ張って、駅に向かって歩き出す。
隣では ”今から!?”、”ちょっと待って!”、 ”心の準備!” とウルサイけれど、「聞こえませーん!」と応戦しながら構わず歩く。
大丈夫、僕も一緒に行くからさ。
ダイジョウブ、だいじょうぶ、……そう言えば、前に送った昭和のみんなは、こんな時、こう言うんじゃないのかな。
「水渦さん、落ち着いて。ダイジョウV! ダイジョウVだから!」
ってね。
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