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「…………お店の名前、あれは……私が考えたんです。……ううん、考えたなんて大層なものではないですけど、昔……姉と一緒に住んでいた頃……」
____お姉ちゃんね、将来はお店を持ちたいの、
____おいしいお酒とお料理の店、
____そんなの……夢のまた夢だけど……
____でも、目標なんだぁ、
____ねぇ、お店の名前を考えてよ、
____お姉ちゃん、そういうのセンスないから、
____だから代わりに考えて、
「”考えて” って言われました。アパートの狭い部屋で、夜眠る時に布団の中で言われたの。あの時私は眠たくて……だからすごくおざなりに……」
____私だってセンスないよ、
____そういうのは自分で考えてよね、
____ああ、もう、拗ねないでよぉ、
____分かった、考えるから待って、
____そうだなぁ……んー、あ、
____姉ちゃん、名前が ”愛華” だから、
____”ラブフラワー” で良いんじゃない?
「”愛の華” と書いて”愛華”。だから ”ラブフラワー” と、姉の名前をもじって、そう言ったんです。あの時……姉は嬉しそうでした。おざなりに言ったのに、”良い名前だね” と何度も繰り返してました。まさか本当につけるだなんて」
最後の方は消え入りそうな小さな声で。
水渦さんは戸惑いながら、だけどその戸惑いにはかすかに ”喜” が混じってる。
それを聞いたらなんだかとても嬉しくて、だから、どうにか勇気を出してもらって、お姉さまに会ってほしいと思ったの。
「あのさ、僕は霊視でお姉さまを視つける事が出来たけど、今回あくまで人探し。だから、お姉さまや水渦さんの細かい過去まで視てないんだ。……今の話、お姉さまは大事なお店に【ラブフラワー】とつけていて、それはきっと、お姉さまも水渦さんに会いたいと思ってるんじゃないかな。……怖いとは思うけど、勇気がいると思うけど、でも、行ってみない?」
無理強いはしたくない、それは変わらない。
でも、でもさ、今こうして、水渦さんはお店の前にいる訳で、こんなに近くにいるんだよ。
距離にすれば僅かなもので、数歩あるけば、格子の扉を開けてあげれば、それだけで会えるんだ。
「岡村さん……私、」
震える声で僕を見上げて涙を堪える、……が、”待って” とも ”まだ無理です” とも言わなくて、もしかして勇気を出してくれるのか……と思ったその時。
「あんたら、こんな所で何してんの? 商店街は閉店したよ」
不意に声をかけられた。
道の端っこ。
水渦さんと話し込んでて人の気配に気づかなかった。
悪い事はしてないけれど、ビックリしちゃって我ながら挙動不審になってしまう。
声をかけたその人は、
「八百屋も酒屋も閉店ガラガラ、また明日いらっしゃいだ。それなのに、こんな所で立ち話? 怪しいな。最近この辺は物騒でね。変な奴を見かけたら声を掛ける事になってるんだ」
キッと迫力ひと睨み。
ついでに竜がクワッと大きな口を開け、僕らを絶賛威嚇中。
この女性……さっきの服屋の店員さんだ。
身体に巻き付く竜の刺繍のド派手なドレス、【ブティック彩】の彩さんに違いない(顔はうる覚えだけど、こんなドレス他に着てる人いないと思うの)。
弥生さん似の気の強そうな、ピンヒールの美人さんは胸の前で腕を組む(ラーメン店の大将ポーズね)。
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