第二十四章 霊媒師 水渦の選択

38/61
前へ
/2550ページ
次へ
そう広くない店内。 4人がけのカウンターにテーブルが2卓。 厨房はカウンターの向こう側だ。 そのカウンター前、そこには無言の水渦(みうず)さんがいる。 彼女は本橋さんをジッと見つめていた。 「つか(わり)い、……俺、店の外で話を聞いてたんだ。あ、ずっとじゃねぇぞ。10分くらい前からだ。その……なんだ、せっかく妹と楽しそうに話しているからジャマしたくなくてよ」 バツが悪そうに頭を掻く本橋さん、口は悪いが良い人そうだ。 本橋さんは愛華さんを見て、水渦(みうず)さんを見た。 そして短く息を吐き、 「愛華、良かったなぁ。おまえ、ずっと妹に会いたがってたもんなぁ」 目を赤くしてそう言った。 「うん……うん……! 嬉しいよ、愛華ぁ、ずっとずっと、みぃちゃんに会いたかったんだもの、……だからぁ、だからねぇ、これからは3人で暮らしたいんだよぉ……愛華とぉ、みぃちゃんとぉ、本橋さんでぇ、」 愛華さんはグズグズと鼻を啜り、3人で暮らす事を願った。 水渦(みうず)さんは一言も発さない。 「3人で一緒にか……、」 本橋さんは独り言ち、だがすぐに無言の妹に向き直る。 背筋を伸ばし、ジャケットのボタンを閉めて、3度の咳払いの後にこう言ったんだ。 「小野坂水渦(みうず)さん、はじめまして。【ラブフラワー】で厨房をしている本橋健吾と申します。愛華さんから聞いたと思うのですが、私は彼女と結婚の約束をしています。春に私から申し込みました」 額から一筋の汗が垂れ、本橋さん……緊張してるみたいだ。 水渦(みうず)さんは……いや、水渦(みうず)さんも緊張してる。 無表情だし口はつぐんだままだけど、額には汗が滲んでいる。 「愛華さんの返事はイエスでした、……が、条件付きです。その条件というのは、”妹と再会できたら” というものです」 本橋さんは息継ぎもしないまま一気に言った。 結婚の条件、その内容を聞いた時、水渦(みうず)さんはここでようやく言葉を発したんだ。 「……姉が……そんな事を……?」 「そうです。愛華さんにとってあなたは特別だ。大事な大事な妹なんです。……私が彼女に結婚を申し込んだのは、これで2度目です。1度目は5年前、その時も似たような事を言われました」 ____大事な妹なの、 ____この世でたった1人の家族なの、 ____結婚するならあの子も一緒じゃないと出来ない、 ____本橋さん、お願い、 ____3人で暮らしたいよ、 そうか……そうだったんだ。 5年前……2度目のプロポーズ……同じ人だったんだ。 水渦(みうず)さんが壊したはずの結婚は、今になって実ろうとしてる。 それだけじゃない、愛華さんの条件。 妹が大事なのは今も昔も変わらなくって、なにがあっても、なにをされても揺るぎがないんだ。 「…………そんな条件……あなたは、本橋さんは、それを呑むと言うのですか?」 唇を強く噛んで、水渦(みうず)さんがそう聞いた。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2369人が本棚に入れています
本棚に追加