第二十四章 霊媒師 水渦の選択

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本橋さんはここまで話すと大きく息を吸った。 額の汗は粘度を増して、何度も何度も手で拭う。 拭った手の甲。 これを着ているシャツになすって、もう一度、不自然なほどに深く息を吸い込んだ。 そして、ポツポツと力なく言葉を絞り出していくのだが…… 「……その日の晩。金も、食べ物も、行く所もねぇから、いつもの公園で独りベンチに座ってた。公園も居心地は良くなくて、夜だから小さい子供はいないけど、近所の目がうるさくてよ。……よく通報されたんだ。不審な男が公園にいる、犯罪者かもって。それだけじゃない、10代……20代かな、おっかなそうな若い奴らもたまに来て、見つかると追いかけられるんだ。それが怖くてなぁ。逃げながら「俺、なにかしたか?」って聞いた事もあったけど「なにも、」としか答えなくって、たぶん俺は奴らにとってただのサンドバッグだったんだ。ストレス解消、粗末に扱っても良い人間、……いや、人間以下だな」 そう言って、本橋さんは自虐気味に笑った。 笑い声に力はなくて、水渦(みうず)さんはそれを黙って聞いている。 眉間にシワは寄っていない……、 「公園で野宿しててもグッスリなんか眠れねぇんだ。すぐに目が覚めちまう。日に日に疲れが溜まっていった。それが辛くて気持ちも削られウンザリしてた。逃げ出したくて楽になりたくて、なんで俺がこんな目に……って、自分の事は棚に上げて世の中を恨んでた。明日からどうしよう、いや、今からどうしよう……って、自分から動きもしないで堂々巡り。そんな時にな、急に思い出したんだ。昔、愛華と幸せだった頃に撮った写真の事を」 写真……? 写真を見て元気を出そうとしたのかな。 だけど口調はネガティブで、そんな風には思えない。 「愛華が言い出したんだ。一緒に撮ろう、付き合い始めた記念にって。その写真は……幸せに笑っているけど、その、他人が見たら大騒ぎになるような、特に……女は誰にも見せたくないだろうなって、……そう、服を着てないんだ、2人してシーツを身体に巻き付けた……そんな写真だ。その写真がケータイに残ってる事を思い出して、……ダメ元で、愛華にメールしたんだ。”この写真をネットに上げられたくなかったら、言い値で買い取ってくれ” って、その時俺は、どうせ返事は来ないだろうと思って、だけど愛華は、」 言いかけた本橋さん。 だけど、言葉はそこで中断された。 話の途中で耐えきれなくなったのか、口を噛んで涙を流す、水渦(みうず)さんが彼の頬を思いっ切り打ったから。
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